軍備なき日本列島と占領下の自由喪失――西尾幹二氏が見た戦後日本の悲しみ
2019年8月15日発信。
月刊誌「Sound Argument」に掲載された西尾幹二氏の論文をもとに、終戦直後の日本が占領下で自由意志を奪われていた現実を論じる。
中国大陸での共産勢力の台頭、米国の対日政策転換、講和条約延期の可能性、軍備なき日本列島の弱み、李承晩ラインと竹島問題を通じて、戦後日本が旧敵国アメリカの庇護を「幸運」と考えるようになった思考習慣への違和感を描く。
2019-08-15
1948年頃、軍備なき日本列島から占領軍が早期に撤退することは不可能なので、日本との講和条約は延期せざるを得ないだろう、などと米政府高官が語っていた。
中国で共産党が勝利を得れば、米国の同盟国であった中国にこれまで占められていた地位に、旧敵国たる日本が置かれるという新たな、と題して2018-08-14に発信した章である。
以下は月刊誌正論今月号(840円)に、私が選ぶ、戦後リベラル砦の「三悪人」、半藤一利、中島健蔵、加藤周一、薄弱な、あまりに薄弱な知性と題して掲載された西尾幹二氏の論文からである。
見出し以外の文中強調は私。
子供時代につけていた日記を基にした私の『少年記』をみても、戦争が終ってから初めて子供らしい伸び伸びした学校生活が回復されていることが見てとれる。
だからいうまでもなく平和は貴重であり、生産的である。
そんなことは分り切っている。
しかし十二歳で終戦を迎えた少年の眼にも、国が囚われの身であることははっきり映じていた。
国が他国に運命を委ねて、自由意志を奪われているときに、本当の意味での個人生活はあり得ない。
平和は貴重であり、ありがたい贈り物ではあるが、それとはまた別の次元の新たな問題が発生していることは、子供心にもいろいろな形で認識されていた。
戦争が終ってしばらくは中国がアメリカの同盟国であって、日本は旧敵国のままだった。
間もなく中国大陸での蒋介石政権の苦戦が伝えられ、共産勢力が大きな脅威であることが明らかになってきた。
1948年頃、軍備なき日本列島から占領軍が早期に撤退することは不可能なので、日本との講和条約は延期せざるを得ないだろう、などと米政府高官が語っていた。
*この軍備なき日本列島の弱みに付け込んで李承晩は竹島に侵入し勝手に李承晩ラインを引いて日本の漁船を多数拿捕しただけではなく、殺害・拘留するという正に「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘の国」のDNAを厚顔無恥に発揮する暴挙に出たのである。*
だが、他方では、大陸情勢のこの急変は日本に有利な側面をみせ始めていた。
中国で共産党が勝利を得れば、米国の同盟国であった中国にこれまで占められていた地位に、旧敵国たる日本が置かれるという新たな可能性も強まってくるだろう、との観測も米国から伝えられてきた。
私は中学一年生だったが、大人たちの会話や新聞情報から、これは日本にとってある程度の朗報だと知らされた。
ところが、本当にそうなのかなア、昨日まで日本で論じられていたことと余りにも違うではないか、と私は子供なりに疑問を抱いたことが記録されている。
うまく言葉では言えなかったが、旧敵国アメリカの顔色を窺い、いっそう手厚い庇護を受けられる情勢の変化を「幸運」と考えてしまうようになった新しい思考習慣が、幼い私にとってはともかくひどく悲しかったのだ。
この稿続く。