京都で落とした財布が戻る国――日本の伝統社会の強靭さと福祉国家の現実

2019年9月4日発信。
前章の竹内久美子氏の論文に関連して、京都・嵐山近辺で財布を二度落とし、それがそのまま警察署に届けられていた自身の体験を挿入する。
スウェーデン型福祉国家の社会病理と、日本の伝統社会に残る倫理性を対比し、自然に形成された伝統を捨ててはならないと論じる。

2019-09-04
数年前、京都散策の折、嵐山の近所にある天然温泉に頻繁に寄った。
この時、私はバス停の路上に二度も財布を落とした。
これが、そのまま警察署に届けられていた事は既述の通りである。
前章に関連して私が経験した事実を*~*挿入する。
武田氏によると、1950~60年代は福祉国家、スウェーデンの黄金期で、タクシーに忘れた財布がきちんと戻ってくるほどだったが、80年代末からの経済停滞により、次第に犯罪が増えるようになった。
*数年前、京都散策の折、嵐山の近所にある天然温泉に頻繁に寄った。
この時、私はバス停の路上に二度も財布を落とした。
これが、そのまま警察署に届けられていた事は既述の通りである*
90年代末のデータによれば同時期の日本と比べて、刑事犯罪全体の発生率は17倍、レイプは20倍以上、強盗は7倍(アメリカと比べると4倍)と信じられないような値が続く。
その他、麻薬やアルコールに関わる犯罪、児童ポルノの密輸出入も多い。 
このようなスウェーデン的社会病理の原因の一つとしてアメリカの学者が指摘しているのが、女性であるという。
現代のスウェーデン女性は元々スウェーデン人が持っている、個人主義や合理的な思考といった気質に加え、平等主義を叩きこまれる。
そのため独立の願望が強く、情緒的に荒れており女性の解放や地位の向上のほうが夫婦愛よりも大切だと考える。 
かたや男性は、優しさや家庭的なぬくもりといった、男性の本能的欲求を求める。 
伝統社会の強靭さ知ろう。
そして夫婦が相手を思いやる、尊敬する、ときには譲歩し、協力しあうということも少ない。
当然、男女の関係はうまくいかず、離婚も極めて多い。
子は愛に飢えて育ち、精神的な傷を負い、やがて人間不信と孤独の渦に巻き込まれていく。
武田氏は、「男女関係が崩壊しているのだから、どうしようもない」と結論する。
また、あるインタビューで100歳以上のお年寄りに、「あなたの人生で最も変化したことは?」と問うたところ、「家族の崩壊」という答えが返ってきたという。 
こうしてみると男女平等の福祉国家とは、数値的には優れていても実態はすさんでおり、決して豊かな社会ではないことがわかる。 
私は人間が考え、こういう社会になったらいいのにという試みは危険極まりないことだと思っている。
共産主義国家が破綻することは皆が学習した。
極端な福祉国家も同じ道を辿るのかもしれない。 
かたや、誰かが理想として描いたわけではなく、自然にできてきた伝統社会は強靭だ。
時の重みに耐え、残っているのであり、いわば自然淘汰の結果のようなものだからだ。
伝統を捨ててはいけない。
いったん伝統を捨てると、取り返すことは不可能に近い。      
(たけうち くみこ)

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