戦後派知識人たちは、その命脈が尽きて行ったのである
2017年7月22日の「これらの事毎のたびに、戦後派知識人たちは、その命脈が尽きて行ったのである。」では、私の村上春樹批判は、戦後派知識人そのものの歴史的終焉を論じる段階に入っていた。
私は、大江健三郎や村上春樹を、世界の読者にも分かりやすい戦後派知識人の代表として挙げた。
彼らは、日本国と日本の軍隊を一方的に悪とし、中国と朝鮮半島に同情的な立場を取り続けてきた。
その思想の結果として、日本は戦後、中国と韓国に対して人類史上最大級の資金援助と技術援助を行った。
中国を破綻の危機から救い、今日の経済大国へと押し上げる上で、日本の支援は決定的な役割を果たした。
韓国についても同じである。
日韓基本条約の締結と日本からの巨額の資金・技術援助が、漢江の奇跡を支え、今日の韓国を形成した。
しかし、中国と韓国は、その事実を国民に教えなかった。
それどころか、両国は日本との国際約束を軽んじ、南京問題、慰安婦問題、徴用工問題などを通じて、日本を政治的に縛り続けようとしてきた。
そのたびに、戦後派知識人の思想的根拠は崩れていった。
なぜなら、彼らは中国と朝鮮半島を善意の被害者として見なし、日本だけを加害者として裁く構図の中で生きてきたからである。
ところが現実には、中国と朝鮮半島は、梅棹忠夫が喝破したように、「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」を露わにしながら台頭してきた。
その現実が明らかになるたびに、大江健三郎や村上春樹に代表される戦後派知識人たちは、思想的な命脈を失っていった。
彼らは、日本が中国や韓国に何をしてきたのかを知らなかった。
あるいは、知ろうとしなかった。
そして、中国や韓国が日本に対して何をしているのかを直視しなかった。
その結果、彼らの見せかけの道徳、朝日新聞的な似非モラリズム、そして日本だけを裁き続ける歴史認識は、現実の前に崩壊したのである。
私はこの時点で、村上春樹を単なる作家としてではなく、戦後派知識人の終焉を象徴する存在として見ていた。
中国と朝鮮半島がその本性を露わにするたびに、彼らの愚かしさもまた露わになった。
彼らには、学問的、思想的な死刑宣告が与えられ続けていたのである。
私の論文は、
村上春樹の文章が稚拙である
という批判から始まり、
彼を持ち上げる日本の文芸空間がおかしい
という批判へ進み、
朝日新聞的偽善と安酒に酔っている人物である
という批判になり、
南京問題・永久謝罪論・反日プロパガンダに利用され得る存在である
という批判へ進み、
最後には、
村上春樹は、大江健三郎らと並ぶ、戦後派知識人の思想的終焉を象徴する存在である
という文明批判に到達していたわけです。