言論の自由なき監視国家と中露のサイバー戦――中国共産党体制を「米中二大国」の一語で相対化する日本報道への批判

中国共産党による言論統制と監視社会、中露によるサイバー攻撃、ワクチン研究情報の窃取、SNSを利用した偽情報工作をめぐり、日本の報道番組が用いた「米国と中国という大国の間で、日本は」という認識の枠組みを批判した2020年7月18日の記録。

本章は、2020年7月18日に発信した文章である。
当時、英国、米国及びカナダの当局は、ロシア対外情報庁に属すると評価されたサイバー集団APT29が、新型コロナウイルスのワクチン開発機関を標的にしていたと公表した。
英国政府の発表日は、原文で紹介した通り2020年7月16日である。
同年5月13日には、米連邦捜査局、FBIと米国土安全保障省サイバーセキュリティー・社会基盤安全保障庁、CISAが、中国に関係するサイバー主体によるワクチン、治療法及び検査研究情報の不正取得について警告していた。
欧州連合も、新型コロナ危機に伴って、外国の主体による偽情報及び影響工作が急増していると報告していた。
旧Twitterは2020年6月、中国、ロシア及びトルコに関連する国家連動型の情報工作について、三万二千件を超える中核アカウントを公開資料に追加した。
さらに、中国に関係するネットワークには、情報を人為的に増幅する約十五万件のアカウントが存在したと説明している。
したがって、本章で引用した古川英治氏の記事が論じた中露のサイバー活動及び情報工作は、当時すでに各国政府やプラットフォーム事業者が公表していた具体的な安全保障問題だった。
それから六年を経た現在も、この問題は解消していない。
CISAをはじめとする各国機関は2025年にも、中国政府を背景とするサイバー主体が、通信、政府、運輸及び軍事関連を含む世界各地のネットワークを標的にしていると警告した。
2026年にも、中国に関係するサイバー主体が、侵入元を隠すために第三者の機器やネットワークを利用する手法について共同勧告が発表されている。
中国国内の言論と監視をめぐる状況も、本章の問題提起を過去のものにはしていない。
Freedom Houseの2026年版報告は、中国を自由度九点、百点満点の「自由ではない」国と評価し、中国共産党が官僚機構、報道、オンライン上の言論、大学及び企業を厳しく統制していると報告している。
同報告は、中国のメディア環境を世界で最も制限的なものの一つとし、ウェブサイトの遮断、投稿及びアカウントの大量削除、実名確認、顔画像の登録、監視カメラ及び顔認証技術による監視を具体的に記録している。
国境なき記者団も、中国を世界最大のジャーナリスト収監国と位置づけている。
本章で批判した番組の正式名称は、「BSニュース 日経プラス10」である。
BSテレ東の公式記録では、宮家邦彦氏が2020年7月15日の「止まらぬコロナ感染拡大・米国WHO脱退の深層探る」に出演し、坂東眞理子氏が7月17日の「コロナ時代に問われる『品格』」に出演したことが確認できる。
ただし、7月17日の番組には複数の女性キャスターが掲載されているため、映像または逐語録なしに、問題の発言者を個人名で確定することはできない。
原文にある「魯迅は『中国人は永久に奴隷である』と言った」という部分は、厳密な直訳ではない。
魯迅が『灯下漫筆』で記したのは、中国人はこれまで「人」としての価値を獲得できず、せいぜい奴隷であった、という趣旨の文章である。
本章では、原意を損なわないように表現を訂正した。
また、原文末尾には、司会者らを「中国のエージェント」と断定する記述があった。
しかし、特定の人物が外国政府の工作員または協力者であると事実認定するには、資金、指示、接触、組織的関係などの具体的証拠が必要である。
本章で確認できるのは、発言内容と報道の認識枠組みに対する批判であって、外国政府との秘密の関係ではない。
したがって、再掲載に際しては、「中国政府に有利な認識の枠組みを無批判に反復しているように見える」と改めた。
「大国」という言葉自体も、人口、経済、軍事力及び国際的影響力を示す記述的な国際政治用語であり、必ずしも道徳的な称賛を意味しない。
問題は、中国を大国と呼んだことそれ自体ではない。
自由民主主義国であり日本の同盟国である米国と、言論・報道・選挙・司法を共産党が統制する中国を、あたかも等距離で対置される二つの同質な存在であるかのように語り、日本がその「間」で立ち回ればよいとする認識の枠組みである。
以下、誤植と明らかな表記上の問題を訂正し、原文の論旨を維持して再掲載する。
見出し以外の文中強調は木皿幹雄による。
【2020年7月18日発信】
最近、テレビ東京の番組を観ることが多い。
だが、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」と、BSテレ東の「BSニュース 日経プラス10」は、極端に言えば、全く違う。
「BSニュース 日経プラス10」は、NHKや朝日新聞の報道と何ら変わらない。
NHK「ニュースウオッチ9」の有馬嘉男と、昨夜の「BSニュース 日経プラス10」の女性司会者は、全く同じことを言った。
つまり、彼らに共通する言い方があることに、今朝、気がついた。
彼らは、「米国と中国という二つの大国の間で、日本は」という言い方をしたのである。
どこかから、そのような認識の枠組みを与えられているのではないか、と疑いたくなるほど同じ表現だった。
魯迅は『灯下漫筆』において、中国人はこれまで「人」としての価値を獲得できず、せいぜい奴隷であった、という趣旨のことを書いた。
そして現在の中国は、言論の自由を認めない中国共産党の一党支配国家である。
ジョージ・オーウェルが小説で描いた監視管理社会を、二十一世紀に現実のものとして出現させている国である。
以下は、「中ロ、サイバー戦で攻勢――欧米にスパイ活動やデマ、選挙介入懸念、対策乏しく」と題して、本日付の日本経済新聞に掲載された、編集委員・古川英治氏の記事からである。
ロシアと中国が、欧米諸国に対してサイバー戦で攻勢をかけている。
新型コロナウイルスの感染拡大後、スパイ活動やSNS、交流サイトなどを通じた情報工作が一段と目立ってきた。
ロシアと中国は、自国のサイバー空間の統制を強める一方、民主国家をサイバー攻撃で揺さぶる。
選挙介入への警戒も強まっている。
英国、米国及びカナダは十六日、新型コロナウイルスのワクチンを開発する研究所に対して、ロシアのハッカー集団がサイバー攻撃を仕掛けたとの非難声明を発表した。
ロシア情報機関が関与し、ワクチン情報を狙ったとみている。
米当局は、それ以前にも、中国がサイバー攻撃によってワクチンや治療法の情報を盗もうとしているとして、研究機関に警告を発している。
中ロともに欧米との対立を深めており、軍事、経済面での圧力に、サイバー空間での攻撃を絡めて対抗する傾向を強めている。
両国とも、軍と情報機関の傘下にサイバー部隊を擁し、民間または犯罪組織のハッカー集団も工作活動に関与させているとみられている。
中国の部隊は十万人規模とされ、機密情報の窃取を繰り返している。
二〇二〇年に相次いで起きた三菱電機やNECの防衛事業の機密を狙ったハッキングも、中国による攻撃だったとの見方が有力である。
欧米当局は、情報工作にも警戒を強める。
英国政府は十六日、ロシアのハッカーが不正に入手した英国政府の内部文書をSNSで拡散し、二〇一九年末の英国総選挙に介入していたと発表した。
欧州連合、EUは、中ロが新型コロナ危機を煽るような陰謀論や偽情報を、世界に流布していると報告している。
ロシアは二〇一六年、サイバー攻撃とSNSを通じた世論工作によって、米国大統領選挙に介入した。
米議会では、十一月の大統領選挙に対するロシアや中国の干渉への懸念が高まっている。
「選挙介入など悪意に満ちた活動」をめぐって、ロシアは米国の制裁を受けているが、工作活動を緩めていない。
民主国家の防衛策には限界がある。
例えば、二〇一六年の米国大統領選挙への介入を受けて、SNS各社は監視を強化しているものの、いたちごっこの様相は否めない。
Twitterは最近も、偏った情報を発信したとして、中国政府やロシア当局に関連するとみられる大量のアカウントの凍結を発表した。
北大西洋条約機構、NATOの高官は、サイバー防衛について、反撃の意図を示して相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止」しかないと指摘する。
この抑止戦略は、軍やインフラ施設の防衛を想定しており、個々のスパイ活動や情報工作を止められるわけではない。
中ロへの警告を繰り返し発する欧米当局には、サイバー攻撃に対する有効な対策を打ち出せない手詰まり感が透ける。
以上が、古川英治氏の記事の主要部分である。
このような中国を、有馬嘉男は何の疑念も示さず、単に「大国」として何度も語った。
昨夜は、「BSニュース 日経プラス10」の女性司会者も、ほとんど同じ認識の枠組みを示した。
問題は、中国に大きな経済力や軍事力があるかどうかではない。
それは否定しようのない事実である。
問題は、「米国と中国という二つの大国の間で、日本は」と語ることによって、米国と中国の政治体制、価値観、国際秩序に対する姿勢の根本的な違いを曖昧にしてしまうことである。
日本にとって米国は、自由、民主主義、基本的人権及び法の支配を共有する同盟国である。
中国は、中国共産党が言論、報道、インターネット、司法、教育及び政治を統制する一党支配国家である。
その両国を、単に同じ「大国」という言葉の下に並べ、日本が二国の中間に立つべきであるかのように語ることは、日本が何を守る国なのかという最も重要な問題を見失わせる。
彼らの発言は、中国政府に有利な認識の枠組みを、十分な検証もないまま繰り返しているように、私には見えた。
日本の報道機関は、「二つの大国の間でどう立ち回るか」と問う前に、自由を守る国と自由を抑圧する国の違いを、明確に視聴者へ伝えるべきである。
【現在からの総括】
中国を「大国」と呼ぶこと自体は、事実に反するものではない。
中国は人口、経済規模、軍事力、核兵器、国連安全保障理事会常任理事国としての地位などを備え、国際政治上の大国である。
しかし、「大国」という言葉は、自由、民主主義、人権及び法の支配を尊重する国であることを意味しない。
軍事力と経済力が大きいことと、その政治体制や対外行動に正当性があることは、全く別の問題である。
日本の報道が「米中二大国の間で、日本は」と繰り返す時、そこには日本を二国から等距離に置こうとする錯覚が生まれる。
日本は、地理的にも経済的にも米中双方との関係を維持しなければならない。
だからといって、安全保障上の同盟国と、自由民主主義の制度を否定する一党支配国家とを、同質の二国として扱う必要はない。
対話は必要である。
貿易も必要である。
外交上の意思疎通も必要である。
しかし、違いを曖昧にすることは対話ではない。
相手国の言論統制、監視、サイバー攻撃、技術窃取及び情報工作を伝えず、「二大国の対立」という抽象的な構図だけを示すことは、報道の中立ではなく、現実の省略である。
同時に、特定の司会者や記者を「外国のエージェント」と断定することにも慎重でなければならない。
報道の偏りは、発言、番組構成、資料の選択、質問の仕方及び継続的な報道傾向によって批判できる。
証拠のない秘密関係まで断定すれば、かえって本来の批判の信頼性を損なう。
問うべきなのは、誰から指示を受けたかという立証されていない推測ではない。
なぜ同じ認識の枠組みが繰り返されるのか。
なぜ一党支配、検閲、監視、サイバー活動及び情報工作という決定的な事実が、報道の背景へ追いやられるのか。
なぜ日本が守るべき自由と民主主義の価値が、「米中の間」という言葉によって相対化されるのか。
その報道姿勢こそが、検証されなければならない。

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