石平氏の論文が照らした中国の「底知れぬ悪」と戦後派知識人の終焉
2017-7-28
世界中の全ての具眼の士たちは石平氏にしか書けない、この論文を読んで、思うはずである。
これこそノーベル賞に値する論文である事を。
私は翻訳終了と同時に、様々な事を思った。
先般、私が書いた、「日本の戦後派知識人の終焉は、中国や韓国の台頭の結果でもある」、事を指摘した論文もまたノーベル賞級であった事、
日本が生んだ世界最高の人類学者であり民俗学者である梅棹忠夫が中国について、或いは中国的なアジアについて出した結論である、底知れぬ悪、と、まことしやかな嘘、の国。
彼の結論の正しさが、一層の光を放っている事を。
同時に、戦後派知識人たちの言動が、一切の光を失ってゆく事を。
テロ防止対策法を共謀罪と言い換えて朝日新聞などのメディアと、これに同調する、いわゆる戦後派知識人たちと、民進党や共産党などの野党が大声で始めた反対運動に対して、私が感じていた違和感が正鵠を射ていた事、
習近平のこれ以上ない悪だくみと、彼らの動きはシンクロしているのである。
つまり習近平は、自分が行おうとしている悪だくみから国際社会の目を逸らすために、日本に対する全面的で徹底した諜報工作を行っていたのだろう、
この徹底ぶりは、流石に底知れぬ悪、と、まことしやかな嘘で成り立っている、悪の大国、孫氏の兵法を、そのために徹底的に利用する、正に悪の大国の本領が発揮されていた事を、
戦後派知識人たちは本当に愚か者なのだが、世界もまた、似たようなものである事、
特に、メルケルについては、次章以降に書くが、東ドイツに生まれ育ったメルケルは、私たち日本人とは違って、中国社会に対して、口とは裏腹に、実は全く違和感を持っていないのではないか、
3年前の8月まで朝日新聞が支配して来た日本が、この新聞の実質通りの幼稚さで、短命政権を繰り返した、(朝日新聞社が、気持ちが悪いほどに持ち上げるメルケルは、実に皮肉なことに)、そんな日本を訪問しても仕方がないと公式に発言したメルケルだが、
例え、日本がまともだったとしても、メルケルは、日本へは1回、中国へは8回、そういう訪問回数だったのではないか。
私が、こうして登場して間もないころ、私と同郷の宮城県出身の詩人が話題に成った詩集を出した。
彼ががん闘病中だったこともあり、私はこの詩集について書きもした。
彼が、象徴的に、戦後派知識人の愚かしさを、実は表していたのだが、
つまり、かれらは皆、実に奇妙な事に、私たちの隣国である、韓国、中国こそが、彼が描いた、批判したかった監視社会そのものである事は明白なのに、
彼等とは全く正反対の国である日本…それも実は昨日今日の話ではなく、2,600年の昔からそうだった日本、
紫式部が源氏物語を書き、清少納言が枕草子を書いた事も、その大きな証明である、
その日本が監視社会であるかのような論説を彼ら全員は書き続けて来た。
まるで中国や韓国の実態から日本国民の目を逸らさせ、彼らに敬意をもたせるための図り事であるかのように。
つまりは、彼らの実態の裏返しだったのだ、という、私の発見に頷く具眼の士は多いはずだ。
私は、今、確信しているのである。
彼を含めて戦後派知識人と称せられるいわゆる言論人たちは皆、中国に完璧に操られていたのだと。
勿論、そうなった大前提はGHQの占領政策による洗脳が徹底的だったことだが、
本物の悪の大国である中国は、日本人の、この洗脳されて出来上がっている頭脳を利用したのである。
その頭脳通りの国になっているかどうかの監視塔こそが朝日新聞社だったことを、あの詩人は全く知らなかっただろう…。(他は推して知るべし)
自分たちの悪行、悪の伝統を、アジアで唯一の開明国家だった日本国と日本軍に、すり替えたのである。
すり替えて、
日本の戦後派知識人と同様に、これ以上ない愚かさで、似非モラリズムやマルキシズムに汚染されている世界の知識人たちの頭脳に、刷り込んだのである。
南京大虐殺が、その典型である事は言うまでもない。
朝日新聞とこれに同調してきた戦後派知識人たちの愚かしさが極まっている事を、石平氏の、この論文は、余すことなく教えてくれたのである。