風船爆弾と原爆の違い――高山正之が暴く米国の「サンドクリーク」戦法。
2019年10月17日発信。
週刊新潮掲載の高山正之氏の論文「風船爆弾」を紹介し、米軍による日本本土空襲、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下、硫黄島の戦い、風船爆弾、ジェット気流の発見、そして日本軍と米軍の戦争倫理の違いを論じる。
2019-10-17
思い込み米国人は今、上皇に続いて今上天皇にもご進講をしているとか。
侮日話ばかりでは陛下も退屈される。
風船爆弾と原爆の違いを話してみたら。
以下は今週号の週刊新潮に「風船爆弾」と題して掲載された高山正之の論文からである。
この論文も彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである事を証明している。
昭和19年、米国は戦場で日本軍と戦うことを止めて直接日本本土を爆撃して女子供を殺す「サンドクリーク」戦法に切り替えた。
サンドクリークとはコロラドのシャイアン族の居留地の名。
1864年、そこから金が出た。
白人は色めき立つがシャイアンはあのカスター将軍の第7騎兵隊を全滅させた勇猛な部族だ。
でも金は欲しい。
白人はシャイアンの男たちが狩りに出るのを待って居留地を襲い500人の女子供を皆殺しにした。
「4歳の女児が白旗を持って出てきた。白人は躊躇なく撃ち殺し頭の皮を剥いだ」(案内人ロバート・ベントの証言)。
女子供を殺せば種族のタネは途絶える。
モーゼの昔からの民族淘汰の形だ。
米国はそれを日本にやろうとしている。
日本はB29による本土爆撃阻止のため、基地となる支那の飛行場を一斉に潰しに出た。
世に言う大陸打通作戦だ。
米軍は四川省成都まで後退した。
そこから東京までは4000㎞もありB29でも遠すぎた。
ならば太平洋側に拠点をとサイパンを落とし、硫黄島も取りにかかった。
硫黄島はサイパンから出るB29を直掩する戦闘機の出撃基地となる。
そこを守る栗林中将は米軍の「5日間で落とす」予定を2ヵ月間も抵抗して引き延ばした。
「我々が一日でも頑張ればそれだけ日本の子供が生き延びられる」と栗林は綴っている。
硫黄島から飛来した米戦闘機は実際、女子供を狙い撃った。
石原慎太郎も機銃掃射を喰らっている。
殺戮は東京大空襲、広島原爆へと拡大していくが、日本もこのころ一矢を報いる試みに着手した。
と言ってもB29並みの渡洋爆撃機を作る資材もない。
何とかなりそうなのは蒟蒻玉と和紙だけだった。
で、和紙を蒟蒻糊で貼り合わせ、直径10㍍の気球を作った。
これを水素で膨らませ爆弾を吊り下げた風船爆弾が出来上がった。
それで米本土を爆撃できることを気象学者の大石和三郎が予言していた。
あの時代、対流圏の上は無風とされていたが、大石はそこに秒速60㍍のジェット気流が東に流れているのを発見した。
米国人は馬鹿だから知らなかった。
かくて1万発近い風船爆弾が大空に放たれ、1割が米大陸に届いた。
ただ風船が運べるのはせいぜい30kgの爆弾か焼夷弾。
B29のばらまく1トン爆弾と比べたら玩具みたいだったが、それでもオレゴンで数人が死傷したとか長崎型原爆を作るハンフォード原子炉の高圧線に絡まって停電を起こし、原爆製造が大幅に遅れたとかの成果はあった。
それ以上に頭上から音もなく爆弾が降ってくるという恐怖が米国民を相当震え上がらせた。
炭疽菌爆弾説も出た。
彼らがこの手の爆弾を作ったら当然積んだだろう生物兵器を日本人もやっているはずだと妄想し、勝手に震え上がっていた。
実際、GHQのスタッフが近くの日劇が上げたアドバルーンを見て震え上がり、即座に下ろさせている。
この風船爆弾について半藤一利が文藝春秋誌で伊東四朗と対談していた。
中でオレゴンでの人的被害に触れて「アメリカの民間人が六人も死んだ」と日本軍の非人道性をやたら非難していた。
お言葉だけど米軍は民間人どころか女子供を狙い撃って何十万も殺した。
そっちは構わないのか。
彼の著書は「日本の好戦集団が戦争を起こした」の日本原罪論で綴られ、悪い米国は常に正義の判事役で登場する。
本人は米国人のつもりで、例えば、昭和天皇を「クソがつくほど律儀」と言って憚らない。
風船爆弾にはいろいろ示唆がある。
貧しくとも、物量の米国人を十分恐怖させたし、ジェット気流を使った知恵もいい。
炭疽菌を積まなかった高潔さも誇らしい。
思い込み米国人は今、上皇に続いて今上天皇にもご進講をしているとか。
侮日話ばかりでは陛下も退屈される。
風船爆弾と原爆の違いを話してみたら。