言論の不自由が中国を孤立させた――福島香織氏が描く新型肺炎残酷物語

福島香織氏の論考をもとに、新型コロナ肺炎をめぐる中国当局の情報隠蔽、言論弾圧、武漢市民・湖北省民への差別、そして李文亮医師の死が中国社会に与えた衝撃を論じる。
中国共産党による「デマ」取り締まりが感染拡大を招き、世界の中国に対する恐怖と不信を決定的に高めたことを検証する。

2020-03-12
世界人民の中国に対する恐怖は、ウイルスの伝播速度を超え、中国を前代未聞の全世界的孤立に陥れた。
以下は全国民必読の月刊誌Hanada今月号に、「武漢人・湖北人狩りまで 新型肺炎残酷物語」と題して掲載された、有数の中国通である福島香織さんの論文からである。
彼女の論文もまた、朝日新聞等を購読し、NHKのwatch9等のテレビメディアの報道だけを視聴している人達は、真相は何も分からない情報弱者に置かれるだけであることを明示している。
福島香織さんは大阪大学を卒業して産経新聞に入社、復旦大学留学、北京駐在等を経て、ジャーナリストとして活躍している。
新型コロナ肺炎感染は、最初の感染例が確認されてわずか二月で中国全土に広がり、猛威を振るっている。
この原稿執筆時点、二月十四日午前0時で、感染者は六万三千八百五十一人。
中国以外は五百十七人、無症状感染者を除く。
うち死者は一千三百八十人。
中国以外は三人である。
ピークは早ければ二月下旬で、四月に終息するという見方もある。
だが、四月から五月をピークとして、感染終息宣言が出されるのは七月頃にずれ込む可能性もある。
日本の感染者は、クルーズ船乗船者を含めれば二百人以上。
中国に次ぐ感染者数を数え、二次感染も出ている。
それにもかかわらず、日本は呑気である。
感染症の専門家が大手メディアで、インフルエンザよりも怖くない、と訴えている。
だが、それならば二月中旬現在、中国国内で、まるでゲーム『バイオハザード』のような混乱と無秩序と機能不全が起きているのは、なぜか。
中国では、この世の地獄にも似た「新型肺炎残酷物語」が展開中なのだ。
命がけの告発をデマと。
二月六日、武漢市中心医院の眼科医、李文亮医師が死去した。
それは、この残酷さ、救いのなさの典型ではないだろうか。
李文亮医師は二〇一九年十二月三十日、いちはやくSARSに似た恐ろしいウイルスの登場について、大学の同窓生でつくる中国のSNS「微信」のグループチャットで啓発した。
勤務先の病院の肺炎患者からコロナウイルスが確認されたこと。
病状がSARSに似ていたこと。
それらからSARSの再発生を疑い、仲間の医師たちに呼び掛けたのである。
「みんな、チャットが封鎖されるので、外に漏らしてはいけない。でも、家族や友人に気を付けるように言って」
だが、その行為が「虚偽情報を拡散した」として、年明け一月三日に警察から呼び出された。
「社会秩序擾乱の罪にあたる」と叱責を受け、訓戒処分の書類に署名させられた。
その後、職場に復帰した。
しかし、一月八日に診察した緑内障患者が翌日に肺炎で入院。
李文亮医師も十日に肺炎を発症し、十二日から入院。
一月三十日に新型コロナ肺炎と診断された。
彼の両親や同僚の医師たちも感染していた。
一月二十七日、北京青年報などが、李文亮医師がデマを流したとして拘束されたことを報じた。
武漢公安当局は一月一日に、「ネット上でデマを流した八人を拘束した」と発表していた。
その八人のうちの一人が李文亮医師であり、実はデマではなく、命がけの告発であったことを明らかにしたのである。
なお、李文亮医師は一月一日に勾留された八人に含まれておらず、デマ容疑で勾留、処分されたのは八人プラス李文亮医師という説も出ている。
こうした中国メディアの報道により、当局の過剰な「デマ」取り締まりに対する不満、批判の世論が噴出した。
一月二十八日、最高人民法院の微信オフィシャルアカウントも、次のようにコメントした。
「新型肺炎はSARSではないが、この情報の内容は完全に捏造というわけではない。もし社会大衆が当時、この“デマ”を聞いていたら、SARSの恐怖を思い出し、みなマスクをして、厳格に消毒し、野生動物のいる市場を避けるなどの措置をとって、いまの新型肺炎防疫状況はもっとましになっていただろう」
この最高法院のコメントを受けて、武漢公安当局は、勾留も罰金も科していない、ただ警告と教育を行っただけ、と言い訳していた。
中国疾病コントロールセンター主席科学者の曽光は、環球時報のインタビューに対して、こう語った。
「この八人は尊敬に値する憂国憂民の士だ」
デマ拡散者とされた八人を、いまさらながらのように持ち上げたのである。
一月三十一日になって、李文亮医師はSNSに、自分がサインした訓戒書をアップし、自ら処分を受けた経緯を説明した。
そして、自分がただ事実を発信しただけであることを訴えた。
それから一週間しか、彼の命はもたなかった。
いったい、武漢警察は、新型コロナ肺炎が発生してから、何人の「デマ拡散者」をしょっ引いたことだろう。
李文亮医師ら現場の医師の必死の警告を「デマ」として処分しなければ、ここまで感染は拡大しなかったのではないか。
李文亮医師ら医師の処分によって、現場にいる末端の医師や衛生官僚たちが萎縮し、情報共有、情報交換が十分にできない状況になったから、ここまでのアウトブレイクが起きたのではないか。
そのために院内感染が発生し、医師らが次々病に倒れ、医療崩壊につながったのではないか。
武漢大学中南医院で、一月七日から二十八日までに入院した百三十八人に対して行った調査によれば、院内感染率四一%、院内致死率四・三%という恐怖の数字が出た。
しかも百三十八人中、同病院内で感染した患者は五十七人。
四十人が医療従事者で、十七人が別の病気での入院患者だった。
二月六日午後九時半、李文亮医師の心臓が止まった。
だが、武漢市衛生当局は、わざわざ上級指導部の許可を得て、一旦止まった心臓をECMO、人工心肺で無理やり動かしたという。
すでに三時間の心臓マッサージを施しても蘇らなかった遺体に、無理やり延命措置を行ったのだと、同じ医師仲間が悲憤を交えて語っている。
当局としては、李文亮医師に対して精一杯の治療努力をした、というポーズを取りたかったのだろう。
でなければ、李文亮医師の肺炎をわざと悪化させたのではないか、と世論から疑われかねないからだ。
公式発表では、李文亮医師の死亡は二月七日午前二時五十八分。
享年三十四、ということになっている。
だが、中国の市民たちは、あえて公式発表の死亡日時をとらずに、二月六日を李文亮医師死去の日とした。
生存を脅かす言論の不自由。
知識人グループや弁護士団体が、李文亮医師死去の二月六日を「国家言論自由日」にせよ、と相次いで声明や公開書簡を発表している。
北京大学の張千帆教授、清華大学の許章潤教授、独立派の学者・笑蜀ら多くの知識人が連名で、全人代および常務委員会に対してネット上で公開した。
そして、こう訴えた。
「二月六日を国家言論自由日、李文亮日にすべきだ。言論の自由がなければ安全はない」
さらに彼らは、中国政府のやり方を次のように批判した。
「当局の言論と真相の弾圧により、新型コロナウイルスが猛威を振るい、億万の中国人が最も喜ぶべき伝統的祝日を隔離の恐怖に陥れた。全国民が事実上の軟禁状態にあるなか、社会、経済は停滞を迫られた」
「このような悲劇は、李文亮ら八人の医師が一月はじめから警察に訓戒されたところから始まる。医師の尊厳は、警察の言論の自由に対する暴力の前に、こんなにも卑屈化されてしまった。三十年来、自由を引き換えに、中国人民は安全でない公共衛生危機に陥り、人道主義的災難に迫られている。世界人民の中国に対する恐怖は、ウイルスの伝播速度を超え、中国を前代未聞の全世界的孤立に陥れた。これらすべては自由を放棄し、言論を弾圧した代価であり、中国のやり方がまさに泡に沈んでいる」
さらに、次の要求を掲げた。
二月六日を国家言論自由日に制定し、中国人民に憲法第三十五条が保証する言論の自由の権利を実施すること。
中国人は言論によって、いかなる国家機関、政治組織からも脅威を受けてはならないこと。
公民の結社、通信の自由などの権利も侵害されないこと。
国家機関は即刻、SNSに対する検閲をやめ、封鎖を解除すること。
武漢と湖北省戸籍の公民に平等な権利を保障し、武漢肺炎患者は適時に、妥当に、有効な医療救助を受けること。
全人代は緊急会議を招集し、公民の言論の自由をいかに即刻保障するかを討論すること。
中国人権弁護士団も、二月六日を「全民真実を話す日」として制定することを提案した。
その提案書によれば、すでに今回の肺炎にかかわる「デマ」を流したとして、三百人以上の市民が勾留されているという。
弁護士団は、こう主張した。
「デマを流すことと、情報を流すことは、完全に二種類の違う状況に区別できない。公民は権威機関と違うので、正確な情報を掌握する能力はほとんどなく、また情報は常に変化していくものだからだ」
つまり、事実でない情報を流したとしても罰せられるべきではない、と主張したのである。
さらに、こう指摘した。
「言論に対する弾圧こそが感染状況を拡大し、無数の家庭を崩壊させ、人命を奪い、世界的社会悲劇を引き起こしている」
二月七日、北京の名門校、清華大学の同窓生たちは、「全国同胞に告げる書」を発表し、次の五つの要求を上げた。
一、政治安全を最優先することに断固反対する。
これは極端に自分勝手な小団体の目標にすぎない。
二、SNSの封鎖に断固反対する。
三、現行のイデオロギー統制モデルに断固反対し、民を敵とすることに断固反対する。
四、災難を、共産党や国家の団結、士気向上のためのアピール、礼賛に転換することに断固反対する。
必ず官僚の不正の責任を追及し、体制の責任を追及せねばならない。
五、「逆走路線」に断固反対する。
鄧小平の指導幹部終身制廃止は堅持せねばならない。
新型コロナウイルス肺炎の蔓延をきっかけに、鄧小平路線を逆走させ、個人独裁化を進め、言論・イデオロギー統制を強化してきた習近平政権への知識人たちの不満が、一気にはじけたのである。
この不満は知識人たちだけではない。
言論の不自由が“生存権”を脅かすという事実を突きつけられた一般庶民も共感している。
習近平政権そのものの足元を揺るがしかねない状況になってきている。
この稿続く。

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