演奏会当日の朝に――今日、フェスティバルホールで聴くプロコフィエフ
今日は、フェスティバルホールで15時から、大フィルの定期演奏会を聴く。
演目はプロコフィエフ・ピアノ協奏曲第3番。
指揮はロバート・トレヴィーノ、ピアノはアンナ・ゲニューシネ。
演奏会当日の朝、あらためてこの作品の魅力を確認しておきたい。
今日は、フェスティバルホールで15時から、大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴く。
指揮はロバート・トレヴィーノ。
ピアノはアンナ・ゲニューシネ。
演目の一つは、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番である。
演奏会当日の朝、あらためて、この曲の魅力と聴きどころを確認しておきたい。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は、プロコフィエフのピアノ協奏曲の中で最も有名で、最も演奏機会が多く、しかも彼の天才が最も分かりやすく出ている作品である。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26は、1921年に完成された作品である。
ロシア革命後、プロコフィエフが祖国を離れて欧米で活動していた時期の作品であり、ロシア的な野性、鋭いリズム、都会的な機知、そして意外なほど美しい抒情が一つに結晶している。
彼の音楽には、しばしば「鉄とガラス」のような硬質な輝きがあるが、この第3番にはそれだけではなく、若々しい生命力、諧謔、夢のような旋律、そして最後には爆発的な高揚がある。
全体は3楽章である。
演奏時間はおおよそ27分前後。
長すぎず、しかし内容は極めて濃密である。
第1楽章は、クラリネットの静かな旋律で始まる。
ここが実に重要である。
いきなりピアノが暴れ出すのではなく、どこか遠い場所から、物語が始まるように音楽が立ち上がる。
その後、急にテンポが上がり、ピアノが鋭く、跳ねるように登場する。
ここからがプロコフィエフの世界である。
ピアノはロマン派的に甘く歌う楽器というより、打楽器のようでもあり、機械のようでもあり、同時に非常に敏捷な生き物のようでもある。
だが、ただ攻撃的なのではない。
不意に現れる旋律には、冷たい光の中に詩情がある。
この「硬さ」と「美しさ」の同居こそが、第3番の魅力である。
第2楽章は変奏曲である。
主題が提示され、それがさまざまな姿に変化していく。
ここは大きな聴きどころである。
プロコフィエフの変奏は、ブラームスのように内面的に深く沈んでいくというより、仮面を次々に取り替えるような面白さがある。
ある時は優雅に、ある時はグロテスクに、ある時は機械的に、ある時は夢幻的に変わる。
ピアノは軽やかに走り、時には冷笑するように響き、時には不思議な透明感を帯びる。
ここでは「美しい旋律を聴く」というより、「同じ材料がどのように変貌していくか」を聴くと、とても面白い。
第3楽章は、猛烈な推進力を持つフィナーレである。
リズムが前へ前へと進み、ピアノとオーケストラが競い合うように突き進む。
ここではプロコフィエフ特有の皮肉、野性、明晰さが一気に噴き出す。
ただし、単なる技巧披露ではない。
中間部には、非常に美しい、広がりのある抒情的な場面がある。
この部分があるために、最後の爆発が単なる騒音にならず、音楽的な凱旋になる。
終結部ではピアノが猛烈に走り、オーケストラがそれを押し上げ、最後は眩しいほどのエネルギーで終わる。
この曲を聴く時のポイントは、ピアノを「歌う楽器」としてだけ聴かないことである。
もちろん歌もある。
しかし、この曲のピアノは、打楽器であり、機械であり、踊り手であり、曲芸師であり、時には鋼鉄のような存在である。
それでいて、不意に非常に美しい。
そこがプロコフィエフである。
また、オーケストラも単なる伴奏ではない。
ピアノとオーケストラが対立し、挑発し合い、時には一体となって突進する。
特に木管の使い方が鋭く、クラリネット、フルート、オーボエなどが、ピアノとは別の表情を次々に出す。
冒頭のクラリネットをよく聴いておくと、曲全体の印象が深まる。
アンナ・ゲニューシネで聴くなら、技術的な切れ味だけでなく、ロシア的な陰影や、硬質な抒情がどう出るかが楽しみである。
この曲は、ただ速く弾ければよい作品ではない。
鋭さ、リズム感、透明感、ユーモア、そして一瞬だけ顔を出す哀愁が必要である。
その全部がそろうと、非常に強い演奏になる。
今日の聴き方としては、こう考えておけばよい。
第1楽章は、静かな始まりから一気に火がつく瞬間を聴く。
第2楽章は、主題がどのように変装していくかを楽しむ。
第3楽章は、圧倒的な推進力と、中間部の美しい抒情、そして最後の爆発を待つ。
この曲は、近代ピアノ協奏曲の傑作中の傑作である。
ラフマニノフのような濃厚なロマンではなく、チャイコフスキーのような大柄な情熱でもない。
しかし、20世紀のピアノ協奏曲としては、最も鮮烈で、最も生き生きとした作品の一つである。
フェスティバルホールの大きな空間で聴けば、ピアノの硬質な輝きとオーケストラの色彩が、かなり映えるはずである。
本文の最後に、キーシンの演奏を使用した私の写真作品を添付します。