慰安婦報道と南京大虐殺報道に共通する嘘の論法――東史郎裁判が示した「悪魔の証明」

慰安婦報道や南京大虐殺報道において、左翼活動家、中国や朝鮮半島の工作下にある人間達が、どのように嘘を構築し、相手に「なかった証拠」を求める悪魔の証明を迫るのかを、東史郎裁判の記録から読み解く。
東日記、郵便袋事件、教科書記述、カリフォルニア州高校教材、中国メディアの反応、そして朝日新聞やNHKの報道姿勢までを一つの線で結び、日本と世界に歴史捏造の構造を明らかにする章。

2020-04-23
慰安婦報道や南京大虐殺報道において、左翼活動家、或いは中国や朝鮮半島の工作下にある人間達は、どのように嘘をつくのか。
立証するために、郵便袋事件が不自然でもないことを南京での手榴弾再現実験や水中に人を袋に入れて、と題して2019-07-15に発信した章を再発信する。
本章では、慰安婦報道や南京大虐殺報道において、左翼活動家、或いは中国や朝鮮半島の工作下にある人間達は、どのように嘘をつくのかが、以下の裁判記録の中に在る事。
それを、私は、日本と世界に明瞭に知らせる。
日本と世界を正す。
それが私の使命だからである。
以下は、今しがたネットで発見して初めて知った事実である。
再発信のために読み返していて、歴史教科書を作る人間達の多くが、自虐史観と反日思想の塊で、中国や韓国の代理人の様な学者であることを知って呆れた。
日本国民よ、もう、そのような下種達に、売国奴と言っても過言ではない愚か者達、正に下種の極みのような、学者と称する大馬鹿者達に日本の歴史教科書を記述させてきた態様は、即刻、改めなければならない。
でなければ、K1強行開催者、これを黙認して批判もしない朝日やNHKで生計を立てている様な輩の輩出を止める事はできないからである。
ましてや、中国と韓国の言語道断な反日教育を止められるわけがないからである。
こういう態様も含めて、武漢ウイルスは、日本にも大惨事をもたらしているのだから。
以下はウィキペディアより。
文中強調と*~*は私。
*慰安婦問題における吉田清治と同様の、元日本兵で、戦後の風潮に乗じて、或いは中国等の工作を受けて南京大虐殺の捏造に加担した元兵士が、やっぱり存在していた事を私は初めて知った。*
東史郎、あずましろう、1912年、明治45年、4月27日-2006年、平成18年、1月3日は、日本の軍人、召集兵、著述家、社会活動家。
京都第16師団、福知山第20連隊上等兵として南京攻略戦に参加し、南京大虐殺、南京事件、を著書『わが南京プラトーン』で告発した。
中国やアメリカ合衆国などでも謝罪活動を続けた。
日記の記述について元上官と名誉毀損裁判となり、最高裁で東日記の記述は客観的証拠がないと判定され、損害賠償が命じられた。
中略。
東は訪中するたびに英雄として各地で熱烈歓迎を受けた。
中略。
教科書に記載された東証言。
日本。
一橋出版『世界史B』。
1993年、笠原十九司は東史郎手記から、兵士の安眠のために部落農民を殺すのだった、と教科書『世界史B』、一橋出版、に引用した。
「宿営にあたって…農民を殺して寝た。
…襲撃してくるかもしれないから、殺すのだった。
…」と日本の一兵士は日記に書きのこしている。
笠原十九司、一橋出版『世界史B』、平成5年検定。
上杉千年や産経新聞は、東日記は詐話、作り話、であり疑わしい資料であるため、教科書での使用は不適であると説いた。
板倉由明は、東裁判で係争中の本からの引用は問題と抗議し、出版社側は中島今朝吾師団長日記と差し替えた。
カリフォルニア州公立高校での教材として。
アメリカでは2015年、カリフォルニア州の公立高校の世界史の授業で東証言が教材として使用された。
教材は、1999年から全米で放映されたケーブルテレビ局ヒストリー・チャンネルの「ザ・センチュリー/アメリカズ・タイム」である。
その番組のなかで東は、戦争当時、中国人女性を見つけると必ず5人で集団レイプし、レイプ後は火をつけて燃やした、と発言していた。
名誉毀損裁判。
東の著書で、中国人を郵便袋の中に入れて殺害したと証言された元歩兵第20聯隊第3中隊第1分隊長の上官が、1993年4月15日、名誉棄損で東史郎、下里正樹、青木書店の三者を東京地裁に提訴した。
裁判は東裁判、あずまさいばん、とも呼ばれる。
原告は板倉由明とも相談し、原告代理人高池勝彦弁護士事務所に「南京事件の虚構を正す会」が置かれた。
板倉はこの訴訟を突破口として、歩20の残虐行為の虚偽を証明して名誉を回復し、さらに、いわゆる「南京大虐殺」の虚構を明らかにしたいと述べた。
判決内容。
東京地裁判決。
1996年4月、東京地裁1審判決は日記の記述を虚構と認定し、東ら三者に50万円の支払いを命じた。
被告は上告。
1審判決では、南京事件については「多数の捕虜や非戦闘員である中国人が日本兵によって殺害された」の「概ね否定しがたい事実」であると、家永教科書裁判判決を踏襲した。
だが、郵便袋事件については、不自然というべきで、客観的証拠はなく、事実と認めるに足りない、「実行者に危険で、実行可能性がない」と判決された。
原告は法廷で「自分は中国で人を殺したことがない。
強姦もしたことがない。
略奪も死体も見たことがない」と証言した。
東弁護団は「東史郎さんの南京裁判を支える会」を結成した。
名誉毀損に当たらないことを立証するために、郵便袋事件が不自然でもないことを、南京での手榴弾再現実験や、水中に人を袋に入れて沈む深さを計る実験などを行った。
だが、これらの実験結果や現地調査も判決で否定された。
高裁、控訴審、判決。
控訴審第1回公判は1996年9月26日に開始され、1998年12月22日に東京高等裁判所第7民事部、裁判長奥山興悦、裁判官・杉山正己、佐藤陽一、で控訴棄却の判決が下された。
控訴審では、東が戦前に書いたとされる「日記」の現物が裁判所に提出された。
だが、南京戦に関する部分は「日記」の現物は提出されなかった。
東側は「日記」のその部分は、当時「懐中手帳」に書き、それを二、三年後に書き写したと主張した。
だが、その「懐中手帳」は法廷に提出されなかった。
さらに、東は、ある展示会に貸出したところ返却されなかったと主張した。
だが、その主張は展示会の責任者によって否定された。
東は、日記は陣中メモ等を後の1940年から1944年3月までに「正確に記録したもの」であると反論した。
しかし、判決では、東日記は戦前に書かれたものかどうかも疑問で、戦後に加筆された可能性もあり、「東の供述は全面的には採用しがたい」と判定した。
また高裁は、「1938年、昭和13年、3月以前についての原資料である懐中手帳などは存在しない」と判定した。
さらに、「控訴人東が具体的な事実を再現して供述することができなかったのは、本件行為を目撃していなかった、すなわち、本件行為が実行されていないからと推認せざるを得ない」と判定した。
裁判では、日記の多くの記述も「疑問が生じる」と指摘され、「主要な部分を裏付ける証拠はなく、真実と認めることはできない」とされた。
中略。
高裁判決後。
原告弁護団の高池勝彦弁護士は、この判決によって東氏の書籍自体の信用性がないことが明らかになった、と述べた。
かねがねマスコミや評論家と称する人たちが旧日本軍の非行を暴く場合、告発者への一方的な取材だけで、それの真偽も検証せず、その主張するままを記事にしているが本件もその一例である。
東日記が大々的に宣伝され、多くの新聞やテレビでは訴訟中も原告側に対する取材は殆どなかったとして、公平な両当事者からの取材を要求した。
1998年12月22日の高裁判決の報道陣は、中国側から北京中央テレビ、江蘇テレビ、南京テレビ、香港テレビが取材した。
中国のメディアは、裁判官が13分遅刻して出廷したこと、判決の言い渡しが簡単すぎたこと、原告が記者会見に登場しなかったことに驚愕し、憤激を覚えた。
さらに、原告側記者会見の際に「南京虐殺捏造裁判勝利」という幕に対して、中国報道陣から「この幕は、多くの中国人の心に深い傷をつけるので、取り外してください」「中国人に対しての侮辱だ」と抗議したが、取り外されなかった。
会見では南京大虐殺についての質問が相次いだ。
高池勝彦弁護士は「私の個人的見解は捏造だと思いますよ。
戦争ですから日本の兵隊が全く悪いことをしていなかったとは思いません。
ただし南京大虐殺はそういうものじゃないでしょ。
例えば殺人3件だったら大虐殺とは言いませんよね」と答えた。
江蘇テレビ局の記者が、南京大虐殺を起こしたのは日本だから、日本が証拠を出すべきだと抗議した。
高池は「あったというのなら、そう主張する方が証拠をあげるべき」だと反論した。
*この中国の言い方、プロパガンダは、モリカケ報道における朝日やNHKなどの言い方と、或いは泊原発反対活動家たちが持ち出している海陸の何万年前の断層云々の「やくざの言いがかり」、伊方原発再稼働反対活動家達の、阿蘇山が噴火して愛媛県まで火砕流が来る、の「やくざの言いがかり」に、共通なのである。
つまり、彼らは、当然のことながら、それが捏造だから、証拠をだせるわけがないのに、攻撃相手に証拠をだせという、悪魔の証明を、一様に論法として使うのである。
朝日新聞やNHKなどが、中国の工作下にあることは、私の、この章でも明瞭だろう。*
後略。

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