神経質な欧州と、嘘を嘘と思わない中国――梅棹忠夫が見抜いた「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」
2020年4月27日、月刊誌WiLLとHanadaに掲載された本物の言論人たちの論考を手がかりに、欧州文化、中国人の嘘に対する感覚、そして梅棹忠夫が見抜いた中国の本質を論じる。日本はアジアではなく、むしろ英国などに近いという梅棹の洞察に共鳴し、日本人が真実を見る力を取り戻す必要を説く。
2020-04-27
上記の月刊誌の中に、神経質な欧州と、嘘を嘘と思わない中国人を対比している箇所があった。
先日、紛れもないエリートの一人であると同時に、人格者でもある知人と会話していた時の事である。
彼は本欄の読者でもある。
「IQ150云々の件には驚いたのだけど……」
そこで私は、小学5年生の時に校長室に呼び出されて、「凄い数値をたたき出した、君は既にして高校2年、3年の能力を有しているという結果である」と告げられた経緯を話した。
高校時代に私を教壇に立たせて二回も講義をさせた恩師は、私と廊下ですれ違った時に、「君は京大に残って、あの大学を君の両肩で背負って立ちなさい」と、言わば厳命した。
4月23日に発売された、全日本国民必読の月刊誌WiLLとHanadaには、朝日などの新聞を購読し、NHK等のテレビの報道番組を視聴しているだけの人たちには、絶対に分からない物事の真相を教えてくれる本物の言論人達の労作が満載されている。
彼らは、自分達が情報弱者である事すら知らないどころか、情報通だと思っているから始末に負えない。
本当に頭の下がる人たちである。
彼らの原稿料は、テレビに出演して国に仇成すいい加減な事を喋っている人間達の出演料に比べれば、雀の涙と言っても過言ではないだろう。
彼ら全員が、最澄が定義した「国宝」であることは論を待たない。
一方、朝日新聞等の社員達やNHK等のテレビ局の社員達、ワイドショー等で生計を立てている電波芸者達は、私が最澄に替わって定義すれば「国賊」である事も論を待たない。
私は、心から、天国と地獄が存在している事を願う。
上記の月刊誌の中に、これからの世界についての対談の中に、神経質な欧州と、嘘を嘘と思わない中国人を対比している箇所があった。
IQが高いから、森羅万象に興味を持つのだろう。
文科系の人間なら、芸術に対する感性にも秀でるだろう。
特に芸術に対する造詣が深くなる。
欧州と芸術が切っても切り離せない事は、私が大好きな番組の一つであるNHKの「空港ピアノ」を見れば、黙って分かる。
欧米の各地の空港や駅に置いてあるピアノで、通りすがりの旅行客や現地の人たちの老若男女が、入れ替わり立ち替わりピアノを弾く。
かつて高橋和巳は、「独創性の基盤は多様性に在り、多様性の基盤は恒常性に在る」と書いた。
IQが秀でて高い人が、恒常性の反対、つまり喧騒の絶えない家に生まれたらどうなるか。
普通の人には分からない程に傷つくのである。
読者は御存知の経緯で、私は、言わば人生を横道に逸れた。
私が梅棹忠夫と初めて遭遇したのは、つまり彼を認識したのは、大阪を人生の舞台として選択しながら、全く訪れなかった万博記念公園に植物を撮りに親友と行った時の事である。
彼が逝去した後の事だったと思う。
国立民族学博物館で、彼の業績を回顧する展覧会を開催していた。
私は雷鳴に打たれた。
本欄で私は、今を生きる信長であり、空海である、と何度か敢えて言及して来た事は、読者は御存知の通り。
英雄は英雄を知る。
真の一流は真の一流を知る。
私は、できるだけ、その場所に居たかった。
再訪もした。
出口で幾冊か彼の著作も購入した。
彼は、中国のほぼ全省をフィールドワークした。
机の前の学者や、ほんの少し現地に出向いて知ったかぶりをするような学者達とは正反対に、数年間、現地で暮らして考察した。
彼の、中国は「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国である、との結論に、私は電撃的に同意した。
その真実と深さを、一瞬で同感したのである。
梅棹忠夫という稀有の才能が、横道に逸れていた稀有の才能に乗り移ったのである。
私は、もはや遠慮も要らぬ故と、ご了承頂く。
もうひとつ、彼の「独創とは繰り返しである、繰り返すことが独創である」にも、私は電撃的に同感した。
2010年7月に、こうして登場して以来、私が中国と朝鮮半島の「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」について書かなかった事は無かったと言っても過言ではないだろう。
更には、「日本はアジアではない」にも電撃的に同感した。
日本はアジアではなく、むしろ英国等に近い、と彼は結論したのである。
今、京都の大原で暮らすベニシアさんの特集番組を見た事がある人は、実感されるはずである。
この稿続く。