戦争を煽ったマルキストたち――尾崎秀実、ゾルゲ事件、朝日新聞と大東亜戦争

2017-6-26
以下は前章の続きである。
戦争を煽ったマルキストたち
渡部
杉村楚人冠のような立派な大先輩たちがいたから、天下の大朝日になって、インテリの新聞になった。
それがおかしくなったのは、やはりロシア革命からですね。
これは日本全体がそうなんだけれど。
長谷川さんのご本でよくわかりましたけれど、「聖戦完遂」「暴支膺懲」「鬼畜米英撃滅」という好戦的なスローガンは、一見、非常に右翼的に思えるけれど、実は、戦争を激化させ、疲弊した日本を共産主義国家に変質させるためのマルクス主義者の作戦と合致していた。
だから、戦時中にあくまで「聖戦」を戦い抜けと言っていた人間が、戦後、共産党員になっても、それは変節や“転向”とは限らないというご指摘は実によくわかります。
尾崎秀実のように、ソ連のスパイのゾルゲと一緒になって、とにかく日本軍を泥沼に引き込もうと支那事変を推進していた元朝日新聞の人間もいる。
長谷川
朝日新聞記者から出発した尾崎秀実は、ゾルゲ事件が起きたときは南満洲鉄道調査部の嘱託で、その前は第一次近衛内閣の嘱託であり、支那問題論客の第一人者でした。
彼は、取り調べでも、自分の諜報活動の目的は日本、そして世界の共産主義化にあるという立場を一貫して取り続けています。
日本で共産主義革命を起こすためには支那事変も大東亜戦争も非常に好都合であるから、この戦争をとことん激化させ、完遂することによって日本を疲弊させるべきであると考えていました。
戦時中の朝日新聞が戦争を煽るようなすさまじい紙面を展開していたことも、社内にはびこるマルクス主義と必ずしも矛盾しなかったと言えるのです。
第三次近衛内閣が総辞職し、一九四一年十月十七日に東條英機に組閣の大命が下ると、朝日新聞は同日付でこう書いています。
「国民の覚悟はできている。ひじきの塩漬けで国難に処せんとする決意はすでに立っている。待つところは『進めー』の大号令のみ……一億の大和民族、渾然として一つの火の玉とならねばならぬ」
マルクス主義が社内に広がる朝日新聞社が、こぶしを振り上げて対米英開戦を軍部に迫っているのです。
大東亜戦争はマルクス主義者の戦争でもあったという極めて複雑な性格を持っています。
覆面をしたマルクス主義者はこの戦争を鼓吹し、戦後は覆面を脱いで日本共産党、日本社会党の陣営に入りました。
しかし、それにしても、支那事変から大東亜戦争、そして終戦までの時期というのはなお深い霧がかかっていて、わからないことが多すぎます。
日本の歴史家はいったい、これをきちんと研究し、解明する意思があるのかどうか疑問に思われるくらいです。
真実を明らかにすることでなく、それに蓋をすることがマルクス主義歴史学の使命になっているように思われます。
人間でいえば近衛文麿と米内光政、第一次近衛内閣の内閣書記官長だった風見章、それから、風見章と極めて密接であった尾崎秀実。
この四人ほどよくわからない人物はいません。
この稿続く。

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