非人間的な朝日新聞は昭和天皇まで貶めるために嘘をつく――飯山陽が斬るイスラム、ウクライナ、沖縄「捨て石」論
2024-01-12
以下は、高山正之の最新刊『変見自在 安倍晋三を葬ったのは誰か』からである。
本書は、週刊新潮の高名な連載コラムを書籍化したシリーズの最新刊だが、原文には更に磨きがかけられ、より一層読みやすくなっている。
この一冊だけでも、彼はノーベル文学賞に値する。
日本国民のみならず、世界中の人たちが必読。
非人間的な新聞は陛下まで貶めるために嘘をつく
イスラム思想研究者・飯山陽の切れ味は鋭く、明快だ。
『イスラム教再考』では、近年、イスラム教をテロとは無縁の「善良な宗教」と説く日本の学者たちを、飯山が見事に斬っている。
私はホメイニ師のいたテヘランに赴任していた。
酒と女性を好む身としては、女性が初潮を迎えれば妻にでき、不倫すれば石打ちの刑に処すという世界は、理解の範囲を超えている。
石田純一を持ち出すまでもなく、不倫も文化の一つである。
最も許し難いのは、「殉教者になれば、天国で金髪碧眼の72人の処女が待っている」と説く自爆テロが、アラブ世界に蔓延していることである。
宗教的信念をテロへと変えたイスラムの聖職者を無視する学者たちを、飯山が許せないのも理解できる。
今度は朝日新聞を二刀両断にした。
朝日はある記事で、ロシアによるウクライナ侵略について、「かつて日本が朝鮮や中国を侵略したのと同じだ」と主張した。
悪いのはロシアである。
「今日のウクライナは明日の日本かもしれない」という時に、朝日は論点をすり替え、日本批判へと転化しようとする。
「無残に殺された人々の衝撃を利用し、自分たちのイデオロギーを正義であるかのように押し通すのは、人道に反する行為である」
(産経新聞のコラム「新聞に喝!」)
日本は、糞尿にまみれた哀れな朝鮮を砲弾で攻撃したのではない。
反対に、日本は学校、鉄道、電気を整備した。
中国についても同じである。
蒋介石と中国共産党は黄河の堤防を決壊させ、長沙の街に火を放った。
黄河では30万人が溺死した。
日本軍は破壊された堤防を修復し、大小あらゆる船を出して、溺れている人々を救助した。
村々を襲い、破壊し、略奪したロシア軍は、むしろ蒋介石軍に似ている。
白を黒と報じることこそ、実に非人間的である。
飯山にもう一つ読んでもらいたいものがある。
沖縄の日本復帰50年に際して掲載された朝日新聞の社説である。
執筆者は根本清樹だが、「沖縄は捨て石にされた」という使い古された嘘から始まっている。
沖縄が捨て石だったのなら、誰が特攻機を出撃させたのか。
誰が片道分の燃料だけを積ませて戦艦大和を出撃させたのか。
この問いに答えないまま、昭和天皇が1947年9月に述べた「琉球諸島の軍事占領が継続されることを希望する」という言葉を持ち出す。
そして、「見よ、天皇まで率先して沖縄を見捨てた」と言うのである。
いかにももっともらしい。
しかし、歴史を見れば、その言葉の意味は全く逆だったことが分かる。
マッカーサーは間もなく、沖縄を含む北緯30度以南の島々を日本の施政権から切り離し、米国の行政権下に置くと発表した。
トルーマンはさらにそれを推し進め、1948年10月、グアムやハワイと同じように、「これらの島々を永久に米国の管轄下に置く」という大統領令を出した。
米国は、太平洋における戦略拠点として、ペリーの時代から沖縄に執着していた。
それを知った陛下は、「沖縄が米国領に編入されること」に心を痛めた。
しかし、陛下は既に単なる象徴となり、何の権限も持っていなかった。
それでもせめて、沖縄が米国の領土ではなく、「占領地のまま」であり続けることを望んだ。
そうすれば、いつの日か日本へ返還される。
それが「占領継続」という言葉の意味だったのである。
故・半藤一利は、それを意図的に悪い意味に解釈した。
天皇とマッカーサーの会談で、「沖縄を差し出すから、本土から米軍基地をすべて撤去してほしい」と陛下が述べたかのように、もっともらしく書いた。
朝日の社説は、証拠も検証もない半藤の欺瞞を使って書かれたものである。
社説は征服王のような気分で、高等弁務官ポール・キャラウェイが「沖縄の自治は神話である」と語ったことも取り上げている。
これもまた嘘である。
彼は、沖縄をハワイやグアムより魅力的な場所にしようと、資金、技術、援助を惜しみなく投入した。
人々は町が活気を取り戻すと目を輝かせたが、何も起こらなかった。
沖縄の人々には、肉親を殺されたという恨みがあった。
米国に心から同意する気にはなれなかったのである。
そのうえ、沖縄の有力者の多くは中国系、あるいは海賊の流れをくむ者たちだった。
首領たちは米国からの資金を懐に入れ、抗生物質などの近代薬も本土へ横流しされた。
「自治は神話である」とは、そのような沖縄人に対する愛情を込めた表現だったのである。
朝日新聞は、陛下まで貶める嘘に満ちている。
私が飯山でなければ、朝日に何とかしてもらいたいと挑むところである。
(2022年6月2日号)
