チャーチルとルーズベルトの人種観――「白人の重荷」と有色人種国家の絶望
チャーチルとルーズベルトが共有していた白人優越主義の本質を、ビルマ首相ウ・ソーの挫折を通して描き出す一篇。
「大西洋憲章」の欺瞞、植民地支配の現実、そして有色人種国家が白人の「良識」にすがるしかなかった時代の残酷さを鮮烈に抉っている。
2019-07-01
彼はラドヤード・キプリングの言う「白人の重荷」つまり劣った有色人種を導く神聖な使命をもつと心から信じる白人優越主義者だった
「彼らに必要なのは鞭だ」
チャーチルはビルマ首相の要求を突っぱねた。
彼は名門ハ口―高校を出てサンドハースト士官学校に入った。
エリート士官としてインドに赴任もしている。
有色人種の世界で。
ガンジーがニューデリーの総督府をサンダルで訪ねたときは「有色人種が女王陛下の建物を汚す」と目一杯の罵倒を並べた。
植民地は国ごと奴隷にするシステムだ。
ただ表向きは保護国にして有色人種に政府も持たせるが、彼らに自治権や明るい将来などあるわけもなかった。
チャーチルは彼に会った後、エイメリーに「彼らに必要なのは独立ではなく鞭だ」(クリストファー・ソーン『米英にとっての太平洋戦争』)と語っている。
ウ・ソーは十一月下旬、大西洋を渡って米大統領フランクリン・ルーズベルトに会いに行った。
大統領はその少し前に戦艦プリンスオブウェールズの艦上で「いかなる国民も自分の政府を選ぶ権利を持ち、奪われた主権は回復されるべきだ」とする大西洋憲章を発表していた。
ビルマはまさに主権を奪われ、さらに英植民地のインドの下に組み込まれる屈辱を受けていた。
ルーズベルト大統領ならビルマの痛みを分かってもらえるとウ・ソーは信じていた。
白人と戦って勝てないなら、彼らの良識にすがって奴隷状態を脱するしかない。
それが劣等民族国家の生きる道というわけだ。
しかしルーズベルトは会う気もなかった。
その理由を側近に「大西洋憲章は有色人種のためのものではない。
ドイツに主権を奪われた東欧白人国家について述べたものだ」と語っている。
大統領の心を忖度すれば、日本を含めて有色人種が白人と対等のつもりでいることがむしろ腹立たしかった。
それに大統領はこの時期、やたら忙しかった。
ハルノートを突き付けられた日本がやっと動き出したのだ。
在ワシントンの日本大使館には頻繁に暗号電報が入電していた。
天地をひっくり返す事態が出来する。
その準備に忙しかった。
失意のウ・ソーは西海岸に向かいサンフランシスコからパン・アメリカン航空の飛行艇チャイナ・クリッパーに搭乗した。
薄暮に出発したマーティンM130は翌日午前八時ハワイの真珠湾に降り、湾の北埠県に横付けされた。
約十五時間の長旅で、十四人の乗客はホノルルのホテルで一泊し、翌朝八時にミッドウェー、ウェーク、グアムを経てマニラに入る。
四泊五日の長旅になる。