「美しい国」日本を次の世代へ—金美齢が語る自助、責任、そして親の覚悟

2019年7月5日発信。
前章に続き、月刊誌WiLL8月号掲載の金美齢氏の論文から、日本を「美しい国」として次世代へ受け継ぐために必要な自助努力、人生への責任、少子高齢化社会の現実、そして親としての覚悟を論じた一篇。
老後二千万円問題、野党の無責任な政府批判、働くことの意味、引きこもり問題までを通して、日本社会が立ち直るために必要な覚悟と行動を厳しく問いかけている。

2019-07-05
自然豊かで、食事はおいしく、人々も優しい―この「美しい国」を、何としても日本は次の世代に受け継いでいかなくてはならない。

以下は前章の続きである。
人生に責任を負う 
私の日本語学校に通う香港の学生は、決して「中国人」を自称することはない。
あくまで「香港人」だ。
国家意識がない日本人との差を感じる。 
自然豊かで、食事はおいしく、人々も優しい―この「美しい国」を、何としても日本は次の世代に受け継いでいかなくてはならない。
私たちの前に立ちはだかる壁が、少子高齢化だ。
そんな中、「老後二千万円問題」が騒がれている。
金融庁の報告書に、九十五歳まで生きるためには二千万円の貯蓄が必要だ、と記されていたという。
野党は、鬼の首をとったように政府を追及している。
参院選を控え、争点化したい意図が透けて見える。 
蓮舫は、またしても声高に「いつから自助の国になったのか」と叫んでいた。
だが少子高齢化によって働き手は減り、国の社会保障費は増える。
ある程度の貯金、つまり自助努力は当然だろう。
それぞれが異なる人生を設計し、自由に生きられるのが日本だ。
自らの人生に責任を負うことになる。
二千万円という数字は、あくまで一つの試算にすぎない。
質素な生活で済ませるなら二千万円なくても足りる。
贅沢な暮らしを送りたいなら、一億円あっても足りない。 
とはいえ、国はある程度の年金で高齢者をケアし、やむを得ない事情で働けない人には生活保護を提供しなければならない。
そのために、経済を上向かせて税収を上げる必要がある。
結局、我々がお金を使うしかないのだ。 
貯金と消費を両立させる唯一の方法は、働いてお金を稼ぐこと以外にない。
政府を批判するだけで給料をもらえる野党議員と違い、一般国民は汗を流さなければならない。
私は大学生の孫に、「小遣いくらい自分で稼ぎなさい」とアルバイトを奨励している。
レストランで働く孫は、時給が三十円上がって喜んでいた。
金額の問題ではない。
社会への貢献を認められたとき、人は幸福を感じるのだ。 
元農水事務次官が、引きこもりの息子を殺めたという。
甘やかすだけ甘やかしたのが間違いだった。
褒めるときは褒め、叱るときは叱る。
それが躾というものだ。
手遅れになる前に、働かせるべきだった。
他人に迷惑をかけるなら、自分が殺めてしまった方がいい―官僚組織で出世したエリートが悩みに悩み抜いた結果、そう判断した。
悲しいことだが、親としての責任を果たしたといえる。 
程度の差はあれ、同じ悩みを抱える親は大勢いるだろう。
幸い、アベノミクスで人手不足が叫ばれている。
仕事が見つけやすい今こそ、現状を打破するチャンスととらえてほしい。
この稿続く。

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