古代との断絶――韓国はなぜ自国の古典を失ったのか
2019年9月10日発信。
月刊誌WiLL9月号に掲載された松本厚治氏の論文を紹介し、韓国における「韓国的なもの」の成立、古代との断絶、漢文文化と小中華意識、近代以後に形成された韓国の伝統認識について論じる。
中国古典を自らの古典としてきた旧朝鮮と、近代に日本との遭遇を通じて新しく出発した韓国との断絶を検証する。
2019-09-10
古代との断絶…読み取ることが難しく、現代の美意識や生活感情とかけ離れたものを’自分たちの古典’と感じられないのは当然でしょう。
以下は月刊誌WiLL9月号に、韓国のウソに立ち向かえ、なぜ韓国は“反日”を続けるのか。
歴史の真実をつきつけ、韓国の虚構を暴け、と題して掲載された松本厚治氏の論文からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読の論文である。
この論文を読まなければ戦後の極東の歴史は全く分からないのである。
韓国のエージェントであり信じがたい程にお粗末な低能であるアレクシス・ダデンが米国の歴史学会を支配している。
国連も同様なのである。
国際社会が自分達の無知と低能を知って恥じるべき時はとうに来ているのである。
何よりも、底知れぬ悪とまことしやかな嘘の国である韓国が戦後74年間、中国は天安門事件から国民の目を逸らす為に江沢民が初めて、今も続けている。
反日教育と言う名のナチズムを国際社会が看過してきた事が、今の、極めて不安定で危険な世界を作って来たのである。
中国の増長、韓国の発狂(朝鮮半島の発狂)、プーチンの増長、これらは全て国際社会が中国と朝鮮半島が行地続けているナチズムを放置し続けて来た結果なのである。
以下は前章の続きである。
古代との断絶
読み取ることが難しく、現代の美意識や生活感情とかけ離れたものを’自分たちの古典’と感じられないのは当然でしょう。
英文学者の柳宗鎬は、1962年に書いた「『韓国的なもの』とは何か」という論文で、「フランスでは自国的なものは伝統的なものという通則は成立するが、韓国ではそれは虚構にすぎない、いま韓国的と一般に見なされている作品はどれも20世紀初頭の新文学誕生後に世に現れたのであって、伝統的なものではない」と論じて波紋を呼びましたが、言っていることは真実をついています。
旧朝鮮の士人は、自分たちは豊かな古典の文化を持っていると思っていました。
ところがそれは漢文で書かれた中国の書物であって、江戸にやってきた朝鮮通信使が自らの古典として意識していたものは、どれも中国の古文献でした。
『論語』しかり、『史記』『唐詩選』しかり。
「小中華」を自負する朝鮮人にとっては、中国の古典は自身の古典でもあったのです。
それはモロッコとかアルジェリアの人々が、イスラム文明の中心地だったバグダードでつくられたものを自国の文化だと考えるようなもので、別におかしなことではありません。
しかし、千数百年にわたって文化的に中国と一体化し、「小中華」であることを誇りにして生きてきた朝鮮は、日本に“むりやり”独立させられ、韓民族の国になってしまった。
文明の内実がガラリと変わり、そこに大きな断絶が生まれました。
現代の韓国人は「小中華」の時代はどのような国だったかをなかなか理解できない。
むしろ知りたくないようです。
韓国の歴史教科書は、紀元前2333年に檀君が即位して以来、一貫した民族の歴史があったと書いている。
古代には高句麗と新羅と百済の三国がありましたが、どれも韓民族の国だったことになっています。
その三国が新羅によって統一され、それから高麗、李氏朝鮮と続いて、大韓帝国、大韓民国となり、今に至っているという。
しかし実際の韓国は、近代になってそれまで受け継いできた伝統を放棄し、新しく出発した国です。
そのことを端的に表しているのが漢文です。
日本人は、たとえば杜甫の詩を「国破れて山河あり、城春にして草木深し」という風に、日本語として読んでいます。
日本人の多くは漢文というのは中国の古文だと何となく思っていますが、欧米の東洋学の世界では“KANBUN”は、あくまで日本の語文として教えられています。
漢文学・漢字学の大家、白川静さんは日本における漢字は国字、つまり日本の文字であると力説されています。
たとえば「山」という漢字を日本人に見せて「これは何か」と聞けば、百人が百人とも「やま」という字だと答えるでしょう。
もちろん音読みで「サン」とも読みますが、この字はあくまで「やま」です。
だから「山を張る」とか、「ひと山あてる」とか「明日の試合が山だ」という言い回しが派生してくるわけです。
中国古典の原義がどうあれ、日本語の「やま」に新しい意味やニュアンスが付加されると、それに連動して漢字「山」も変わっていきます。
だから、実態として日本の文字なのです。
ところが朝鮮では「山」は「サン」としか読まず、その意味はあくまで中国の古典テキストの集積によって決められている。
「盛り上がった地塊」という意味のほかに、「山がそこにいらっしゃる」というように皇帝その人を指す、あるいは皇帝の衣服の模様のようなものを指すとか、日本人にはちょっと想像もつかないような意味があり、旧朝鮮の士大夫は、それを一応承知していなければならない。
漢字はあくまで中国の文字であって、ここでは民族語との有機的なつながりがありません。
たとえば「過猶不及」を、日本では「すぎたるは、なおおよばざるがごとし」と読みますが、朝鮮では民族語との結びつきがないので「過・猶・不・及」という四つの漢字をこの順で棒読みし、末尾に日本語の「なり」にあたる言葉をつけます。
こうした文章は朝鮮語とは言い難いものですが、彼らはそういうものとして漢籍を受け入れていたわけです。
この稿続く。