日本は歴史的名演を人類の遺産として残す国家でなければならない
日本各地の世界最高級ホールでは、連日、歴史的名演が生まれている。
しかし、その多くは録画・録音されているはずであるにもかかわらず、殆どが公開されず、国民と世界が視聴する機会はあまりにも乏しい。
大阪フィルの名演を契機に、日本が音楽文化を人類の遺産として記録し、世界へ発信するべき理由を論じる。
何度も言及する事だが、連日、連夜、日本各地にある世界最高級のホールで、歴史的な名演が繰り広げられている。
しかし、その様子を日本国民が視聴できる機会は、あまりにも少ない。
もっぱらNHK交響楽団の演奏会や、限られたリサイタルが、国民の大半が視聴しない時間帯に、NHKのチャンネルで放映されるのみである。
そのNHK交響楽団ですら、YouTube等に公開される演奏は、極めて少ない。
6月20日、フェスティバルホールで開催された大阪フィルハーモニー交響楽団第599回定期演奏会のような歴史的名演は、日本が世界に誇る音響技術、映像技術の粋を集めて録画・録音し、人類の遺産として永久に残すべきものである。
無論、出来るだけ多くの日本国民と、世界中の人たちに視聴させるべきものでもある。
オールドメディアで生計を立てている人間達の愚劣な似非モラリズムなどは、極言すれば、害悪以外の何も生まない。
だが、歴史的な名演の数々は、人類の進展、或いは、真の平和の実現に、大きな貢献を為し得るものなのである。
先日、YouTubeでプロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番の全曲演奏版を検索していて、マルタ・アルゲリッチがシンガポール交響楽団と共演した映像を発見した。
私とシンガポールの縁については、読者はご存じの通りである。
一見して直ぐに、私は、シンガポール交響楽団の楽団員の年収は、日本の楽団員の年収よりもずっと高いのではないか、と眺望した。
私が有料契約している優秀なAIに確認させれば、正に、その通りだった。
ほぼ二倍近い年収の差があると見てよい。
この事について、その背景について、私なりの推測を書く。
私は、タイム誌の表紙を飾ったシンガポールでも最高ランクの経済人と、とても親密な交誼を得た事がある。
そのような縁もあって、私はシンガポールを十数回は訪れた。
私の定宿はシャングリラホテルだった。
各国首脳の会談等が行われるホテルである。
私は、ここのプールとサウナが大好きだった。
ラッフルズホテルには、ホテル探求の為に二度ほど宿泊した。
シンガポールは、日本、香港と並ぶ、世界最高の中華料理が食できる街である。
私が好きな街の一つである。
ただ、直言すれば、シンガポールには「文化」の伝統がない。
文化の香りがしない街である。
その事は、彼ら自身が一番知っている事だろう。
だからこそ彼らは、シンガポール交響楽団を大事にしている。
アルゲリッチに対して寄せられた敬意も、尋常ではなかった。
一方、日本は、世界最高と言っても過言ではない、文化・文明の国である。
それは有史以来の日本の姿であり、伝統であると言っても過言ではない。
その現れの一つが、世界一、女性が大事にされて来た国である事である。
だからこそ、日本の女性クラシック演奏家の層は、信じられない程に厚いのである。
しかし、日本は、ありとあらゆるところに文化の香りがする国であるがゆえに、かえって自国の文化の価値に鈍感になっているのではないか。
世界最高峰に素晴らしい演奏を為す管弦楽団の団員の年収が、日本の中小企業で働く労働者の平均年収に近い水準にとどまっている。
一方で、例えば、NHKをはじめとするオールドメディアに勤務する人間達の平均年収は、日本最高級である。
日本中の楽団員の平均年収の二倍以上であると言っても過言ではない。
こんな馬鹿げた態様も、日本の国力を落として来た最大原因の一つなのだ。
次章以降では、彼らが、まるで、それぞれの問題の一流の専門家であるかのごとく起用し、報道部を支配している活動家たちの意見を代弁させている大学教授たちについて、直言する。