フジコ・ヘミングの《ため息》に慟哭する――梅宮大社、京都、そして不死鳥の響き

2011年の大病からの退院後、京都を連日歩き、花鳥風月の中で写真を撮り続けた日々を回想しながら、フジコ・ヘミングのリスト《ため息》の本物の響きに触れる。難聴という悲運を越え、不死鳥のように世界に登場した彼女の演奏がもたらす慟哭を記す。

2020-04-18
私とフジコ・ヘミングは梅宮大社友達、そう言ったら同行者はアハハと笑った。
生きる確率25%と宣告されて、7か月の入院生活を送った2011年。
大病が完治して退院したのが12月16日。
翌年、私は1年の内300日の大半、連日、京都を散策した。
日本の歴史、日本そのものだけではなく、春夏秋冬、花鳥風月の中で生きていた。
無数の写真を撮影しながら。
愛用のカメラはSONYα99。
私とフジコ・ヘミングは梅宮大社友達。
そう言ったら、同行者はアハハと笑った。
さっき、リストの「ため息」を、別な奏者で聴いた瞬間に、フジコ・ヘミングは凄いと確信した。
東京芸術大学を卒業して欧州に音楽留学していた彼女が、極貧の留学生活ゆえに、正に、この時、という当日に難聴を発症した。
それゆえ、彼女は若い時に大家である事を世界に証明できなかった。
だが、彼女は不死鳥の如くに世界に登場したのである。
素晴らしいとしか言いようのない本物の響きで。
私は、彼女が弾く、この曲を聴くと、いつも慟哭を覚える。
フジ子・ヘミング~ため息、リスト。

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