対中ODAという日本外交最大級の失敗

古森義久氏の『ODA幻想 対中国政策の大失態』を取り上げた産経新聞書評をもとに、日本が1979年から2018年まで中国に供与した巨額のODAの実態を論じる。北京の国際空港や地下鉄など中国の交通インフラを支えた日本の援助は、日中友好に寄与したのか。中国共産党一党支配の体質と、日本外交の甘さを問う。

2020-04-21
1990年代、日本はODA、政府開発援助、において世界最大の規模を誇り「ODA大国」と呼ばれた。
中国が圧倒的な対象国だった。
北京の国際空港や地下鉄を利用する日本人は少なくなかろうが、これらが日本のODAによって建設されたものだということは知らないだろう。
と題して2/24に発信した章を再発信する。
以下は昨日の産経新聞の書評欄からである。
日中友好に寄与したのか。
ODA幻想 対中国政策の大失態。
著者、古森義久。
1990年代、日本はODA、政府開発援助、において世界最大の規模を誇り、「ODA大国」と呼ばれた。
中国が圧倒的な対象国だった。
北京を中心に沿海部主要都市の交通インフラの基盤は、日本のODAがあって日の目をみたといっていい。
北京の国際空港や地下鉄を利用する日本人は少なくなかろうが、これらが日本のODAによって建設されたものだということは知らないだろう。
どうしてなのか。
日本人が知らないまでも、あれだけの大きな貢献なのだから、中国人が知らないはずはないと思うのだが、まったく知らない。
なぜなのか。
本書はこのような疑問に答え、さらにこの疑問のいきつくところが、共産党一党支配という中国の特異な体質にあることを、説得的に展開している。
日本の対中ODAは1979年に始まり、2018年をもって終了した。
終了宣言が出されたのは、18年10月の日中首脳会談においてであった。
習近平国家主席は、40年にわたる巨額のODA供与に謝意を示すのかと思いきや、「日本のODAによる貢献を高く評価する」というだけに終わった。
「評価」の一言のみだった。
国交樹立の基本文書、日中共同声明で「戦争賠償の請求を放棄」とうたった以上、中国は賠償とはいえない。
賠償に感謝するとは「矛盾」である。
しかし、要するに賠償なのである。
著者は、「日本からのODAはじつは戦後賠償なのだという認識は中国側では政府に限らず、国民レベルで存在した」という。
そういう「認識」については、私も何人かの中国の知識人から聞かされたことがある。
困ったことに、日本政府にとって対中ODAは賠償の「代償」なのである。
日本側には、「とにかく中国の要求に応じて資金を提供せねばならないのだ、という強迫観念のような切迫性」があったと著者はいう。
私もそう思う。
問われるのは、対中ODAが「日中友好」に寄与したのか、である。
だが、まるで寄与していないという。
反日暴動、反日イベント、尖閣諸島攻勢など、友好とは正反対の方向に進んでいるのが現実だとみる。
日中関係の現在が、著者の優れたリアリズムを証しているではないか。
評・渡辺利夫、拓殖大学学事顧問。

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