通州事件の記憶と「日中友好」の幻想――反日教育、歴史文化、そして中国の行動原理を見誤らないために
1937年の通州事件をめぐる証言と、高山正之氏・坂東忠信氏の対談を通して、中国共産党による反日教育、敵に対する徹底的な報復観、日中の都市構造と戦争文化の違いを考察する。
「日中友好」という言葉だけに依存せず、相手の歴史認識と行動原理を理解することの必要性を問う。
2020-07-07
以下は前章の続きである。
本章で取り上げられるのは、1937年に中国の通州で発生し、日本人居留民を含む多数の人々が殺害された通州事件である。
対談では、事件の残虐性と、それを目撃した佐々木テンの証言を通して、中国社会における敵への処遇、歴史文化、反日教育の問題が論じられている。
もちろん、ある事件の加害者が中国人であったことを理由に、中国人一人一人を同じ性格の持ち主として扱うことはできない。
犯罪と残虐行為の責任は、実際にそれを命じ、実行し、加担した個人および組織にある。
一方で、国家による教育、歴史認識、敵味方の区別、法と暴力に対する考え方が、人々の行動に影響を与えることも否定できない。
本稿では、国籍そのものを断罪するのではなく、高山正之氏と坂東忠信氏が、通州事件、反日教育、歴史文化を通して何を問題としているのかを明らかにする。
なお、原対談には性暴力や遺体損壊を伴う極めて残虐な描写が含まれている。
本稿では被害者の尊厳に配慮し、その具体的な方法の再現は避け、事件の本質を伝えるために必要な範囲に整理して掲載する。
【「日中友好なんて信じない」】
高山
何ともおぞましい。
こうした事件は、中国人犯罪者の中でも特に異常な人物によるものなのかと思っていた。
しかし、どうもそれだけでは説明できないらしい。
藤岡信勝さんが通州事件を調査し、著書にまとめている。
その事件の目撃者である佐々木テンの証言が、非常に興味深い。
坂東
通州事件とは、1937年、中国の通州、現在の北京市通州区で発生した事件です。
冀東防共自治政府保安隊の中国人部隊が、日本軍の通州守備隊、通州特務機関、日本人居留民を襲撃し、200人を超える人々を殺害したとされる痛ましい事件です。
高山
佐々木テンは、かつて遊郭で働き、その後、中国人男性と結婚した女性だった。
たまたま夫婦で通州に滞在していたため、事件に遭遇した。
中国人部隊は、一軒一軒、日本人の家を襲撃した。
一家を家の外へ引きずり出し、女性に対する性暴力や、遺体損壊を伴う極めて残虐な方法によって殺害した。
周囲には、それを見物する群衆もいたという。
一軒の襲撃が終わると、部隊と群衆は次の日本人の家へ向かった。
テンの中国人の夫も、テンの手を引き、ほかの中国人たちとともに次の惨劇の現場へついていこうとした。
テンは、その夫の姿を見て、「もう、この人とは一緒に暮らせない」と考えた。
その後、夫と離婚し、日本へ帰国したという。
テンの証言は、当時の事件現場において、人間の生命と尊厳がどのように扱われていたのかを、淡々と伝えている。
高山氏は、日本国内で発生した中国人被疑者による残虐事件も、単に性格の悪い一部の犯罪者だけの問題ではなく、歴史文化や教育の影響を含めて考える必要があると主張する。
さらに中国では、「戦前、日本人は中国人に対して残虐行為を働いた」という反日・嫌日教育が、長年にわたって徹底されてきた。
その教育が、日本人に対する暴力を歴史的報復として正当化する意識を生み出す危険性があるというのである。
高山氏は、李鵬をはじめとする中国共産党指導者から小学生に至るまで、「日中友好」という言葉を日本側と同じ意味で信じてはいないのではないかと問いかける。
坂東
相手の行動原理を理解せず、理屈だけで外交交渉をしたところで、相手の次の手を読むことはできません。
中国社会では、争いになった場合、相手が再び立ち上がれないところまで徹底的に打ち負かそうとする傾向が見られます。
そこまで徹底する背景には、歴史や文化の成り立ちが関係しているのではないでしょうか。
例えば、町の造り方一つを見ても、日本と中国では異なります。
日本の城下町では、城郭の外側に町家や農家が存在していました。
ところが中国では、町全体を城壁の内側に取り込む構造が一般的でした。
そのため、戦争になると、軍隊と軍隊の戦いだけではなく、城壁に囲まれた町全体と町全体の戦いになりました。
敵が城壁の内側へ突入した場合、兵士と住民との区別が失われ、住民全体が攻撃対象になることもあったのです。
高山
南京城も、非常に幅の広い城壁が二重に張り巡らされ、その上を車や馬車が通行できるほどの構造だった。
坂東
こうした都市構造や戦争のあり方の違いから、敵に対する処遇の考え方も、日本と中国では異なって形成されたのではないかと思います。
高山
中国を理解するためには、現代の政治体制だけではなく、歴史的、文化的背景の違いも考慮しなければならない。
この稿続く。