花々はメンデルスゾーンを聴く――若き五嶋みどり、アシュケナージとベルリン、そして京都府立植物園・長居植物園
2026年6月11日、京都府立植物園。
そして6月12日、長居植物園。
初夏の二つの植物園で出会った花々を、今度は若き日の五嶋みどりが奏でる、メンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64》とともに綴った。
1990年4月22日、ベルリン。
五嶋みどり、ヴァイオリン。
ウラディーミル・アシュケナージ指揮。
ベルリン放送交響楽団。
当時、五嶋みどりはまだ18歳だった。
しかし、その演奏を「若さ」という言葉だけで語ることはできない。
冒頭、独奏ヴァイオリンが現れた瞬間から、音楽はすでに自らの意志を持って歩き始める。
そこには若々しい生命力がある。
同時に、旋律を深く見つめ、音楽の内側へ入ってゆこうとする強い集中がある。
メンデルスゾーンの切実な歌が、若き五嶋みどりのヴァイオリンによって、まっすぐに空へ放たれてゆく。
その音に、2026年初夏の花々を重ねた。
京都府立植物園。
長居植物園。
一輪の花が開く瞬間にも、同じように若さがある。
しかし花の美しさは、単に若いから美しいのではない。
その一瞬に、それまで蓄えてきた生命のすべてを見せるから美しいのである。
第1楽章の情熱。
第2楽章の静かな歌。
そして第3楽章の、光の中へ飛び出してゆくような歓喜。
五嶋みどりのヴァイオリンとともに眺めると、初夏の花々もまた、音楽に呼応するように姿を変えてゆく。
1990年のベルリンと、2026年の京都、大阪。
36年という時間を隔てた音楽と写真が、ここで一つになる。
演奏は、その瞬間に消えてゆく。
花も、いつまでも咲き続けることはない。
だからこそ、その一瞬を残したいと思う。
若き五嶋みどりがメンデルスゾーンに刻んだ一瞬。
京都府立植物園と長居植物園で、私が目にした初夏の一瞬。
音楽と写真が出会う時、失われたはずの時間が、もう一度動き始める。
五嶋みどり。
アシュケナージ。
ベルリン放送交響楽団。
そして、京都府立植物園と長居植物園の花々。
メンデルスゾーンの永遠の旋律とともに。