敵将「マッカーサー証言」は重い――「東京裁判史観」から「東條・マッカーサー史観」へ
2017-6-18
敵将「マッカーサー証言」は重い
渡部昇一 上智大学名誉教授
「歴史の修正は許さない」だって?
いつまで勝者気取りでいるのか。
干戈を交えた大将が修正してるじゃないの!
第二次政権における安倍総理の大きな特徴の一つは、第一次政権時のスローガンであった「戦後レジームからの脱却」という言葉を使わなくなり、まず、アベノミクスと呼ばれるデフレ克服の経済政策を優先したことである。
これは、安倍総理が戦後体制の変革や憲法改正に消極的になったわけではなく、野に下っている問にじっくり考えた結果であると思う。
戦後の国際秩序はアメリカ主導で行われたものであるから、「戦後レジームからの脱却」を性急に推し進めると、アメリカの反発を招くことに気がついたのだろう。
現に、アメリカ政府のなかには安倍総理を「リビジョニスト(歴史修正主義者)」と呼んで批判する者もいる。
村山談話などを言下に否定すると中国と韓国が大騒ぎするが、現在のオバマ政権下のアメリカは中国に対して非常に弱腰で、とにかく事を荒立てたくない、問題を起こしたくないという臆病さが顕著に見られる。
尖閣問題にしても、「尖閣列島は日本の施政権下にあり、安保条約の範囲内にある」とまでは言うものの、日本領であるとまでは決して言わない。
そういうオバマの臆病さを安倍総理は見てとったのだと思う。
それでも、アメリカの大統領であるオバマの言うことには応じなければならない。
しかし一方で、米軍関係者たちはオバマとは考え方が違うことも十分に観察してわかっているようだ。
オバマが大統領になってから軍の最高司令官が数人退任しているのも、オバマと軍とが相容れない関係にあるからだろう。
それで安倍総理は軍との話を重要視しながら政策を進めているような気がする。
だから、もどかしく思う人もいるかもしれないが、それは戦後レジームから脱し、日本のあるべき姿を取り戻したいけれども、それに対してアメリカがどう反応するかということを慎重に見きわめているからだと考えなければいけない。
こうした対米関係のジレンマを解決する手がかりが一つあると思う。
それは、終戦からまだ間もない時期に行われたマッカーサーの証言である。
その証言内容は、まさにマッカーサーこそリビジョニストであったことを明確に示しているのだ。
マッカーサーの重大証言
マッカーサーは朝鮮戦争で核攻撃を主張して、昭和二十六年二九五二四月、戦争のさなかに更迭された。
そして五月にアメリカ上院軍事外交合同委員会で、当時の日本の状況を述べたあと、「したがって日本人が戦争に入った目的は、主として自衛のためであった、(Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated security)、と重要な証言を行ったのである。
これは彼の独白でも、プライベートな席で友人に語ったものでもない。
民間人を前にして演説したのでもない。
上院軍事外交合同委員会という、これ以上ない公の場で証言したのである。
これは一点の曇りもない決定的な歴史的事実である。
だから、マッカーサーこそ最高のリビジョニストだということができる。
この証言について私が初めて耳にしたのは、松井石根大将の秘書だった田中正明氏の「マッカーサーも日本の侵略戦争を否定している」という話だった。
しかし、どこで読んだのかは覚えていないというので、調べたところ、機密文書でも何でもない、『ニューヨークータイムズ』に証言の全文が掲載されているというのである。
ところが私は専門家ではないから、わざわざアメリカまで探しに行くわけにもいかない。
そこで、東京大学には新聞研究所もあることだから、東大教授の小堀桂一郎氏に頼んで探してもらった。
小堀氏はさっそく記事を見つけ出し、コピーを送ってくれた。
私はその原文を雑誌『Voice』(PHP刊)で発表した。
これが広く日本人の目に触れた最初のケースであった。
「東條・マッカーサー史観」への転換
にもかかわらず、マッカーサーのこの発言は当時の日本の大新聞で報道されたことがなく、今日に至るまでマスメディアで報道されたという話を聞いたことがない。
このマッカーサー発言が行われた当時の日本はまだ米軍の占領下にあったから、報道できなかったのかもしれない。
しかし、翌年の独立回復を待って「それっ!」とばかりに書き立てればよかった。
昭和二十六、七年といえば、まだ戦争の記憶も生々しかったが、占領軍が教科書の都合の悪い部分を墨で塗りつぶさせ、日本が一方的に悪かったという宣伝を大々的に行っていた時代だったから、その効果は絶大だったろう。
七十年後の今日もなお日本が東京裁判史観に呪縛されているようなことなどなかったかもしれない。
浮かばれなかったのは戦死者の遺族である。
私はいまでもある未亡人の「かくばかり卑しき国となりたれば捧げし人のただに惜しまる」という和歌を覚えている。
夫を戦争に出したくはなかったが、お国のためだからと捧げたのに、戦後は犬死にのように言われるのが、「ただただ惜しい」と悲嘆にくれているのである。
息子を捧げた親もいるし、兄を捧げた弟妹も大勢いた。
このマッカーサー証言が大々的に報道されていれば、そうした遺族たちはどれだけ救われた気持ちになったことだろう。
この事実はすべての日本人が知るべきであり、世界中の人に知らせるべきものである。
私自身も機会あるごとにマッカーサー証言について語ってきたが、私の読者は知っていても、なかなか世に広まっていかない。
「チャンネル桜」でも何か月間か毎日放送してくれたのだが、地上波ではないし、やはりすでに知っている保守系の人ばかりが観るので、なかなか広がらない。
しかし、この事実を利用できないのは何としても惜しい。
いまだに世界と日本の戦後史観を支配している、いわゆる「東京裁判史観」は、「東條・マッカーサー史観」に換えられるべきであろう。
「リビジョニスト」マッカーサーの証言を、世界に対して恒久的に発信し続けることが、第二次安倍政権の重要な使命の一つであると思う。
政治の場であまり性急にやると反動が大きすぎるかもしれないから、すべての日本人が、「マッカーサーは、大東亜戦争は侵略戦争ではなく、自衛戦争だったと証言している」と、ことあるごとに言い続けるべきであろう。
何しろ、「開けゴマ」の呪文のようなもので、日本を侵略国家だと騒ぎ立てる相手にそのことを言うと黙ってしまうのだから。
誰もそれを否定できないのだから当然である。
マッカーサーがリビジョニストだったことは、アメリ力では一時よく知られていた。
だから、そのころのアメリカは、日本人に友好的だった。
一九六〇年代に二度ほどアメリカの空港で「日本人か?」と話しかけられ、そうだと答えるとコーヒーを奢ってもらうようなことがあった。
しかし、いまではアメリカ人もそんなことは忘れてしまっている。
日本が知ろうとしないことを向こうがいつまでも覚えているわけがない。
だから、われわれ日本国民がそのことをまず十分に知らねばならない。
そうして民間から徐々に世界に広げていく必要があるのだ。