「デモクラシー対ファシズム」という戦勝国史観――日本を悪と信じ込ませた戦後教育
敗戦後の日本人は、米国を中心とする連合国側の立場から、過去の戦争の正邪を判断するよう仕向けられた。
平川祐弘氏の論文から、「デモクラシー対ファシズム」という善悪二元論が、ソ連や中国まで正義の側に組み込み、日本をナチス・ドイツと同列の悪として位置づけた過程を紹介し、戦後教育と戦勝国史観の問題を問い直す。
2020-06-22
私たち日本人は敗戦後、戦勝国である米国など、連合国側の立場に立って、過去の戦争について正邪の判断をするよう仕向けられた。
戦後の日本人は、おおむねその線に沿って教育されてきた。
月刊誌『正論』今月号には、読み残している箇所がたくさんあった。
今朝、平川祐弘さんの連載を読んでいた。
長文である。
その時に、これは今の中国そのものだな、と思った箇所があった。
最後に平川さんがまとめて掲載している註の中には、私の思いが正鵠を射ていたことを証明する箇所があった。
本稿では、それらの箇所と、日本国民全員が知るべき箇所を抜粋してご紹介する。
平川さんの論文は、日本国民のみならず、世界中の人たちが必読である。
デモクラシー対ファシズムという構図
私たち日本人は敗戦後、戦勝国である米国など、連合国側の立場に立って、過去の戦争について正邪の判断をするよう仕向けられた。
戦後の日本人は、おおむねその線に沿って教育されてきた。
戦後生まれの日本人には、子供の頃から、日本は侵略戦争をした悪い国だと思い込んで育った人も多い。
その悪を暴くことに、正義感を覚える人もいる。
註7
米英露などの連合国側は、「第二次世界大戦はデモクラシー対ファシズムの戦争である」として、全世界に喧伝した。
これは、自由主義国である米英仏の民主主義と、ソ連など共産主義国の人民民主主義という、本来相容れない二つのデモクラシーを、強引に一つにまとめたものである。
しかし、そうでもしなければ、全体主義的な悪の同盟である独伊日の枢軸国に対し、民主主義的な善の連合である米英仏露中が戦うという対抗図式は描けなかったのだ。
第二次大戦について、善のデモクラシーが悪のファシズムに勝利したと言われ、戦後、日本国内でも、その種の歴史観を受け容れる人は結構多かった。
都留重人が岩波新書などでその見方を強調したのは、都留がアメリカ左派の意見に同調したからであった。
その善悪史観が外国世界で広く受け容れられた決定的な理由は、ナチス・ドイツによるユダヤ人殲滅が、空前の残虐行為として認識されたからである。
そのような悪の化身であるヒトラー・ドイツに勝利した連合国を正義とみなす限り、ドイツの同盟国であった枢軸側の日本も、また不正義となる。
米英人の多くは、ドイツも日本も邪悪な敵として、等しなみに扱った。
ナチス・ドイツと日本の相違が、よく分からない。
そこから、昭和天皇を日本のヒトラーとみなすような発想も浮かぶのである。
あるいは、日本帝国には大東亜征服のマスタープランがあったはずだと考えるのである。
そして、敵の敵は味方という論理に従い、ソ連や中国も、正義のデモクラシーの味方として、米英人に分類されたのである。
江沢民が真珠湾で述べた発言、習近平が中華人民共和国の主席となるや、世界各地を歴訪して宣布しようとした見方が、それだった。
この稿、続く。