中国「戦狼外交」の本質――香港弾圧、中印国境侵攻、歴史の捏造を貫く「嘘と力」の国家戦略

櫻井よしこ氏の論文「嘘と力で押し切る中国の『戦狼外交』」を紹介し、香港国家安全維持法の強行、中印国境で繰り返されてきた中国の侵攻、ネルーが友好の証しとして贈った地図を人民解放軍が軍事利用した歴史、中国共産党政権の威圧と欺瞞を論じる。
2020-07-16
以下は、「嘘と力で押し切る中国の『戦狼外交』」と題して、本日発売の『週刊新潮』に掲載された櫻井よしこ氏の論文からである。
櫻井よしこ氏と高山正之氏の連載コラムは、『週刊新潮』の掉尾を飾っている。
櫻井よしこ氏と高山正之氏は、最澄が定義した「国宝」である。
お二人を日本の「至宝」と呼んでも、全く過言ではない。
何しろ、私は、お二人の論文を読むために『週刊新潮』を毎週購読しているのだから。
以下、引用である。
【嘘と力で押し切る中国の「戦狼外交」】
本来なら、あと27年間は続くはずの香港の民主主義体制を突然終わらせた「国家安全維持法」、以下、国安法は、異常なプロセスを経て導入された。
通常は2か月に1度開催される全国人民代表大会常務委員会が、半月の間に2度開かれた。
国安法は6月30日深夜に決定され、1時間後の7月1日午前0時に施行されたのである。
慌ただしい動きの背景には、6月16日、17日の両日、ハワイで行われた米中外交会談の決裂がある。
米国側は、香港、台湾、ウイグル問題における中国の強権弾圧と人権蹂躙を厳しく批判した。
会談後、中国外務省は米国に先んじて記者会見を開き、紋切り型の主張を展開した。
その直後に配信された中国共産党の海外向け機関紙『環球時報』、英語名『グローバル・タイムズ』は、社説で中国側の悲観的な見方を吐露している。
「中米両国が関係を断ち切ることはないと思われる」
「しかし、合意は困難」
「米国は新冷戦や両国関係の切り離しを煽っている」
こうした非難の中には、米国が対中姿勢の緩和に動くことへの期待は、ほとんど見られない。
この局面で、中国側は香港への強権発動を決断したと思われる。
対照的に、米国は会見で鋭い中国批判を発信した。
デイヴィッド・スティルウェル国務次官補は、中国側は「前向きではない」「一方的で非現実的」「戦狼外交だ」などと言い切った。
氏はまた、世界が武漢ウイルス禍で苦しむ中、元凶国である中国が勢力拡大を進めているとして、中国の外交姿勢を手厳しく攻撃した。
私は、氏が言及した2014年の中国外交に注目せざるを得なかった。
その年、習近平国家主席が初めてインドを訪問した。
ところが、その訪問に合わせて人民解放軍が中印国境の紛争地帯に、それまでになかったほど深く侵攻し、それまでになかったほど長期間占領したと、スティルウェル氏は語ったのだ。
「鼻にパンチを食らわせ、中国の優位性を思い知らせる戦術なのか、本当のところは分からない」
氏はそう結んだ。
しかし、中国の攻勢の背後には、勝手に歴史を作り上げる嘘つき国家の姿がある。
その意味で、2010年12月の温家宝首相のインド訪問を連想する。
あの時も、中国側は強烈なパンチを繰り出した。
【インドに攻め入る】
インド北東部のアルナチャル・プラデシュ州は、広さ約8万平方キロメートルで、ヒマラヤ山系の上質な水が豊かに流れ込む、インド随一の水源の州だ。
同州を中国は自国領だと主張し、チベット自治区に編入したことにしてしまった。
この州の、中国がチベット自治区に編入したと主張する地域に、温氏のインド訪問に合わせて、中国軍工兵隊がトンネルを貫通させた。
ヒマラヤ山系の下に掘られたトンネルは、有事の際、人民解放軍の戦車を最高速度で走らせるのに十分な幅と強度を備えている。
トンネルの完成によって、人民解放軍はいつでもインドに攻め入ることができる。
戦略上、極めて重要な意味を持つトンネルの完成を、温氏のインド訪問にぶつけたのである。
胡錦濤国家主席も、同様の形でインドを訪問した。
温氏の訪問のおよそ4年前のことである。
インドの戦略研究家、ブラーマ・チェラニー氏は、次のように説明している。
「中国側は、胡主席がインドを訪問した2006年、それまで休止していたアルナチャル・プラデシュ州の領有権問題を、公然と持ち出したのです」
中印国境は、ネパールとブータンを挟む形で、東西3300キロメートル余りに達する。
ほぼ全域が、ヒマラヤ山脈を構成する高山地帯だ。
国境をめぐって、両国は常に争ってきた。
1959年から1962年までの中印紛争は、まさに国境で両軍が衝突した戦いだった。
中国軍は圧倒的優勢で戦いを展開し、ついにジャンム・カシミール州のアクサイチンを奪い取った。
アクサイチンは現在も、中国が実効支配を続けている。
インドは常に中国に騙され、軍事的にもしてやられてきた。
ネルー首相と周恩来首相が会談し、中印両国が平和五原則を打ち立てた1954年、ネルーは友好の証しとして、両国を隔てるヒマラヤ山系の地図を周恩来に贈った。
地図は国家機密である。
詳細な地形、建造物、その場所と形状は、相手国攻略に不可欠な知識だ。
周恩来は喜んで地図を受け取り、両国の友好を誓った。
だが、1959年にインドへ攻め入った時、人民解放軍はネルーが贈った地図を存分に活用したのである。
チェラニー氏は、さらに次のように指摘する。
「2006年に中国が再びアルナチャル・プラデシュ州の領有権を主張し始めた時、彼らが使った論理は噴飯物でした」
「17世紀にダライ・ラマ6世がアルナチャル・プラデシュ州のタワンという地区に住んでいた」
「従って、アルナチャルはチベットのものである」
「チベットは中国の一部であるから、アルナチャルも中国領である、というのです」
そのような理屈を使えば、ダライ・ラマ4世は1589年にモンゴルで生まれたのだから、モンゴルは中国領ということになってしまう。
このような無茶苦茶な理屈は、どの世界でも通用しない。
加えて、ダライ・ラマ法王は、歴史上、アルナチャル・プラデシュ州がチベットの一部であったことは一度もないと語っている。
【恥辱の歴史への恨み】
習近平、温家宝、胡錦濤と、中国歴代の国家主席や首相の外交を振り返ると、常に脅しと騙しの混合スタイルであることに気付く。
このような悪い癖を持つ中国が、今、米国に公然と挑戦している。
それが、スティルウェル氏の言う「戦狼外交」であろう。
戦狼外交の定義は明確ではない。
しかし、王毅外相が、国際社会における中国の国益と評価を高め、積極攻勢に出るよう指示を出したのは、武漢ウイルスの発生と、ほぼ同時期だった。
「おそらく米軍が疫病を武漢に持ち込んだ」とツイッターで発信した、中国外務省の趙立堅副報道局長。
4月12日には、在フランス中国大使館が公式サイトで、フランスの高齢者施設の職員が職場を放棄し、「入居者らを飢えと病気で死なせた」と非難した。
このように、中国側から強硬な主張が次々と発信された。
なぜ、これほど無理筋の強硬論が発信されるのか。
米クレアモント・マッケナ大学教授のミンシン・ペイ氏は、中国人の歴史に対する恨みと、自己イメージの誇大妄想化が背後にあると見ている。
前者は、「恥辱の一世紀」「勿忘国恥」、国恥を忘れることなかれ、などの言葉に象徴される歴史認識である。
清朝が欧米列強及び日本に蹂躙されたことへの恨みだ。
6月25日号の本欄を参照されたい。
後者は、「中華民族は世界諸民族の中にそびえ立つ」と豪語する習氏に、あらゆる人々がへつらうところから生じる自己肥大化現象だと、ペイ氏は指摘する。
恥辱の歴史への恨みから生まれるナショナリズムと、中華民族こそ世界に君臨すべき優れた存在であるとの強烈な自意識は、いかなる批判も受け付けない。
批判を撥ねつけ、反撃し、戦狼外交の波が起きる。
政治家、財界人、そして国民全員は、その中国に対して、筋の通った厳しい姿勢で接しなければならない。

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