証言が失われる前に――在日韓国人二世・鈴木文雄氏が遺した軍艦島の記憶と、日本政府に求められる毅然たる歴史発信
産業遺産国民会議専務理事・加藤康子氏が、130人以上の元島民・関係者への聞き取り調査について語り、幼少期を軍艦島で過ごした在日韓国人二世・鈴木文雄氏の証言と、その証言を残すまでの経緯を紹介した章。
証言者が年々亡くなるなか、一次資料と元島民の証言を世界へ発信し、歴史をめぐるプロパガンダに日本政府が毅然と反論する必要性を訴える。
2020-07-23
本稿は2020年7月23日に発信した章であり、前章に続いて、月刊誌『Hanada』掲載の産業遺産国民会議専務理事・加藤康子氏の論文を紹介したものである。
前章では、2015年のユネスコ世界遺産委員会をめぐる韓国側の発信と、それに対する日本政府の姿勢が論じられた。
本章では、一次資料と元島民の証言を発信することの重要性へと論点が進み、加藤氏が130人以上に行ってきた聞き取り調査、その中でも幼少期を軍艦島で過ごした在日韓国人二世・鈴木文雄氏の証言が紹介される。
同時に、証言できる元島民が毎年亡くなっているという現実から、記録を残すことが「時間との勝負」であるとの認識が示されている。
以下の日本語原文は変更せず、そのまま掲載する。
本文
2020-07-23
日本が毅然と対応すれば、荒唐無稽なエピソードや歪曲した歴史は払拭できます。
韓国のプロパガンダが定説にならないよう、日本政府には、プロパガンダにきちんと反論してもらいたい。
以下は前章の続きである。
ある在日韓国人の証言
しかも、韓国は執拗さも併せ持っています。
写真を偽ってでも、証言の信憑性がなくても、ガンガン立ち向かってくる。
”お行儀のいい”日本政府では太刀打ちできません。
この歴史戦は、政府がきちんとおカネをかけて、毅然と一次資料や元島民の証言などの「ファクト」を発信していけば、矢野氏のプロパガンダに負けることはありません。
しかし、政府が煮え切らない態度ばかりとっているうちに時間はどんどん過ぎていきます。
われわれの活動もなかなか市民権を得られず、証言できる方々も段々少なくなってきました。
私は、これまで元島民や関係者など130人以上にインタビューしました。
なかにはインタビューを決く受けてくれても、その家族が「面倒なことに巻き込まれたくない」と反対し、公開できなかったことも多い。
証言を公にすれば活動家に襲われるのではないか、と心配する人もいます。
日本を愛する在日の皆さんの立場は特につらいでしょう。
韓国では反日が愛国でもあり、日本に味方するような発言をすることで親戚に迷惑がかかることを恐れ、お話しいただいても、証言を公開するのには抵抗があります。
幼少期を軍艦島で過ごした在日韓国人二世の鈴木文雄さん(故人)に、私はインタビューをさせてほしいと何度もご自宅に交渉しに行きました。
当初、鈴木さんが証言することを止めていたのは息子さんでした。
「親父は、いままで同胞のために頑張ってきた。
その同胞を批判するようなことを言えば、これまで築き上げてきたものをすべて失うかもしれない」
鈴木さんは、「それでも構わん」と、最後はインタビューを受けてくれました。
当時、鈴木さんは体を壊し、手術を受けたばかりで、長時間座っているのもつらい状態でしたが、三時間以上座りっぱなしで、軍艦島での暮らし、半島出身者に対する差別などなかったことを話してくださいました。
インタビューの翌日、息子さんが鈴木さんに「昨日は座りっぱなしで大丈夫だった? よく眠れたか」と訊いたら、目をランランと輝かせて、こう言いました。
「昨日は興奮して眠れなかったよ」
胸に秘めていたことを初めて思い切り話せて、逆に元気になっていたそうです。
その後も、「本人はもっと話したい、伝え残したことがある」と言っていたそうですが、これ以上無理すると体が持たないのでは、と家族は引き止めていました。
結局、インタビューをまとめた動画が完成する前に、鈴木さんは亡くなってしまいました。
ご位牌を前にご子息はこう語っていました。
「親父は最後まで言い残すことがあると言っていました。
もういまとな’つては、何もしてあげることもできない」
在日韓国人の立場で、二つの故郷を愛しながらも真実を語ったその覚悟とご遺志を無にしないよう、しっかりと受け止めていきたいと思います。
インタビュー動画は情報センターで視聴できますが、ごく一部です。
鈴木さんを含め、まだ公開していない元島民の重要な証言がたくさんあります。
ゾーン3は展示を拡大することが可能なので、今後はそういった証言も紹介できればと考えています。
繰り返しますが、日本が毅然と対応すれば、荒唐無稽なエピソードや歪曲した歴史は払拭できます。
韓国のプロパガンダが定説にならないよう、日本政府には、プロパガンダにきちんと反論してもらいたい。
いま、これまでインタビューに応じてくださった元島民の方々が毎年亡くなっており、この戦いは時間との勝負になってきています。
そのためにも、私はこれからも元島民への聞き取り調査を続けていきます。