「真実を尊重しようとしない国民に、誠実さはあり得るのだろうか」――アーサー・H・スミスの中国社会観察と、石平氏が論じる「面子」、虚偽、責任転嫁
2020年8月8日。月刊誌『WiLL』掲載の石平氏の論考を通して、19世紀後半に中国社会を観察した米国人宣教師アーサー・H・スミスの記述を振り返る。「真実」「誠実さ」「面子」をめぐるスミスの中国論と、新型コロナウイルスをめぐる中国政府の情報発信や責任転嫁を石平氏がどのように論じたのかを記録する。
2020-08-08
以下は、月刊誌『WiLL』9月号別冊からである。
そこには、「中国は世界最大の人種差別国家」「アーサー・H・スミスが説く――【石平】今も昔も…中国に『ウソつき』という言葉はない」と題する論考が掲載されている。
同稿は『WiLL』2020年6月号掲載の記事をもとにしたもので、19世紀後半に中国で活動した米国人宣教師アーサー・H・スミスの著作を手掛かりに、石平氏が現代中国の政治的・社会的行動を論じたものである。
原文では新型コロナウイルスについて「武漢ウイルス」と表記している。
以下、その論旨を記録する。
【本文】
石平氏の論考が最初に取り上げるのは、「面子」の問題である。
スミスは中国社会について、次のような趣旨の記述を残している。
「我々が経験し、観察した限りにおいては、中国のどこにも誠実さは探し当てられなかった。」
そして、「真実を尊重しようとしない国民に、誠実さはあり得るのだろうか」と問いかける。
石平氏は、このスミスの観察を踏まえ、誠実さよりも面子が優先され、嘘や謀略が横行する社会を信用することの危うさを指摘する。
さらに、落ち度を指摘された場合、自らの過失を認めるのではなく、「誰かが告げ口をした」「自分は誤解されている」と考える傾向があると論じている。
石平氏は、2020年の新型コロナウイルス感染拡大への中国政府の対応にも、同じ行動原理が表れているとする。
感染拡大の初期対応や情報公開をめぐって国際的な批判を受けながら、中国政府や習近平政権から明確な謝罪が示されなかったと指摘する。
さらに当時、中国側から米軍がウイルスを持ち込んだ可能性や、イタリアが発生源だった可能性などを示唆する発言が出たことを挙げ、石平氏はこれを責任転嫁と捉えている。
スミスは、過失を非難されることが「面子を失う」ことにつながるため、面子を守るためには証拠の有無にかかわらず事実そのものを否定しようとする、と分析した。
石平氏は、この記述を「まさに今の中国そのもの」と論じている。
今日の国際社会には一定のルールが存在する。
各国がそのルールを守ることによって、公正性を担保し、国際秩序を維持しようとしている。
しかし石平氏は、中国は欧米諸国がルールを重視すること自体を逆に利用する場合があると指摘する。
その具体例として挙げられているのが、2020年に展開された、いわゆる「マスク外交」である。
中国は日本やイタリアなどへ大量のマスクを供給し、それを外交上の影響力に結びつけようとしたと石平氏は見る。
一方で、中国から輸出された医療用マスクなどの品質をめぐって、複数の欧州諸国から問題が指摘された。
論考では、フィンランドが中国から緊急輸入した医療用マスク約200万枚について品質基準を満たしていなかったとして政府関係者が失望を表明した例を紹介している。
また、オランダ、スペイン、チェコなどでも中国製医療用品の品質をめぐる問題が報じられたとしている。
これに対して中国側は、中国製品の一部に問題がある可能性を認めながらも、輸入側にも問題がなかったとは言えない、公正・公平に判断すべきであり、中国だけを一方的に批判するのはおかしい、といった趣旨の反論を行ったと紹介されている。
石平氏は、どのような批判を受けても、さまざまな理屈や弁論によって自らを正当化することが、中国共産党政権や中国社会に長く見られる行動原理の一つであると論じる。
19世紀に中国社会を観察したアーサー・H・スミスの記述と、21世紀の中国政府の行動を重ね合わせたところに、この論考の核心がある。
「真実を尊重しようとしない国民に、誠実さはあり得るのだろうか。」
100年以上前に記されたこの問いを、石平氏は現代中国に突きつけているのである。
この稿続く。