「私が一日休めば、日本の近代化は一日遅れる」――古市公威、広井勇、青山士へと受け継がれた「人類ノ為メ 国ノ為メ」、明治日本の技術者精神

2020年8月8日。渡辺利夫氏の論文「台湾に生きた明治日本人の精神」から、古市公威、広井勇、青山士へと受け継がれた明治日本の技術者精神をたどる。「私が一日休めば、日本の近代化は一日遅れるのです」「人類ノ為メ 国ノ為メ」という言葉に、日本の近代化を担った技術者たちの使命感と気概を見る。

2020-08-08
本稿は、「古市の後を襲って工科大学教授となり、『広井山脈』と呼ばれる逸材を近代日本に供給し続けた」と題して2019年9月10日に発信した章の再発信である。
同時に、2018年9月10日に発信した章の再々発信でもある。
以下は、9月7日の産経新聞に「台湾に生きた明治日本人の精神」と題して掲載された渡辺利夫氏の論文からである。
【本文】
「私が一日休めば、日本の近代化は一日遅れるのです」
パリ留学中、夜を日に継ぐ猛勉強に体を壊しかねないと気遣う下宿の女主人が、ある朝、高熱でうなされながらなお大学に向かおうとする古市公威に、「今日は一日休んだらどうか」と声をかけたのだが、その際に古市の口から出た言葉だという。
「人類ノ為メ 国ノ為メ」
古市とは、信濃川、阿賀野川などの河川工事の監督にあたり、明治期日本に河川・港湾工学の黎明を告げた人物である。
西洋文明をいち早く吸収して独立不羈の近代国家たらねば、日本は文明国の一員として生存できない。
自分は今、国費で賄われ、西洋文明吸収の最前線にいる。
高熱など恐れているゆとりはない。
強烈なエリート主義とナショナリズムを背負う明治の技術者の気概を、このエピソードは物語っているのであろう。
古市は後に東京帝国大学工科大学長となり、その門下生に広井勇を得た。
広井は、北海の激しい風浪にさらされる小樽港に防波堤を構築したことで知られる技術者である。
古市の後を襲って工科大学教授となり、「広井山脈」と呼ばれる逸材を近代日本に供給し続けた。
広井の門下生、青山士(あおやま・あきら)は、工科大学を卒業するやパナマ運河の建設に加わることを決意した。
単身、熱帯病の猖獗する建設現場に赴き、作業員となり、力量を買われて測量技師になった。
帰国後の青山に任されたのが、信濃川大河津分水事業という世紀の難事業であった。
竣工を記念して建てられた川沿いの碑には、「人類ノ為メ 国ノ為メ」と刻印されている。
何としなやかにも美しい表現であろうか。

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