尖閣諸島の施政権をどう守るか――中国による既成事実化、日米安全保障条約第五条、香港・台湾・南シナ海を貫く戦略

月刊誌『Hanadaセレクション』掲載の長谷川幸洋・高橋洋一・河野克俊による対談「尖閣で日米軍事演習を!」から、中国公船による尖閣諸島周辺での活動、日米安全保障条約第五条、香港国家安全維持法、台湾・南シナ海・第一列島線との連動、日本による施政権の明確化について論じる。

本稿は2020年8月10日に発信した文章である。
以下で引用するのは、当時発売中だった月刊誌『Hanadaセレクション』に掲載された、長谷川幸洋氏、高橋洋一氏、元統合幕僚長・河野克俊氏による対談「尖閣で日米軍事演習を!」からである。
「来年、2021年は中国共産党100周年」といった表現を含め、以下の発言は2020年当時の国際情勢の中で行われたものである。
私は、この対談が提起していた最も重要な問題は、中国による武力行使そのものが始まる前に、海警船の常態的活動や「法執行」を通じて既成事実を積み重ね、日本の施政権について国際社会に疑念を生じさせる危険性だったと考えている。
【尖閣はかなり危険な状況】
長谷川幸洋氏は、当時の尖閣諸島周辺について異常な状態にあると指摘した。
2020年7月14日、中国海警局の公船4隻が尖閣諸島沖の日本領海に入り、約2時間航行した。
また、7月24日の時点で、尖閣周辺では中国当局の船が102日連続で確認され、2012年9月の尖閣諸島国有化以降、当時として最長の連続日数を更新していた。
さらに長谷川氏は、中国政府が日本政府に対し尖閣諸島の領有権を主張し、周辺で操業する日本漁船についても中国側の「領海」に入っているとの主張を強めていたことを紹介した。
これに対して河野克俊氏は、
「かなり危険な状況です」
と述べる。
そして、中国の狙いについて、尖閣における施政権を中国側が行使しているかのように米国へ見せようとしている、との分析を示した。
日米安全保障条約第五条は、日本国の施政の下にある領域に対する武力攻撃について、日米両国が共通の危険に対処するよう行動することを定めている。
一方、米国は尖閣諸島の最終的な主権について特定の立場を取らず、日本の施政下にあることを前提として条約第五条の対象とする立場を示してきた。
河野氏は、この「施政権」こそが極めて重要だと強調した。
中国海警船が尖閣周辺で活動し、日本漁船を追尾し、中国側の「法執行」であるかのような行動を繰り返すのは、中国にも施政権があるという印象を積み重ねるためではないか、というのである。
そして河野氏は、次のように警告した。
「このまま日本が手をこまねいていると、中国は『尖閣に手を出してもアメリカは出てこない』と“誤解”する虞があります。そこから武力行使の可能性が出てくる」
ここで問題とされているのは、抑止である。
相手国に「動いても相手は反応しない」と誤認させることが、危機をむしろ拡大させる可能性がある。
河野氏は、2020年当時の中国の行動が明らかにエスカレートしていると判断し、コロナ禍によって米国が疲弊していることも含めて、強い危機感を表明した。
【南シナ海、インド国境、香港――同時に進んでいた中国の行動】
長谷川氏は、中国の行動が尖閣だけに限られていないことを指摘した。
2020年4月には南シナ海の西沙諸島周辺で、中国船とベトナム漁船をめぐる重大な事件が起きた。
6月にはヒマラヤ山脈の係争地域で中国軍とインド軍が衝突し、死者が出る事態となった。
そして2021年が中国共産党結党100周年に当たることから、長谷川氏は、周年を重視する中国共産党が何らかの大きな行動へ出る可能性について懸念を示した。
これは2020年当時の長谷川氏による予測である。
【香港国家安全維持法第38条】
高橋洋一氏が強く問題視したのは、2020年に施行された香港国家安全維持法だった。
特に第38条である。
対談では、その趣旨について、
「香港特別行政区の永住権を有しない者が、香港特別行政区外で、本法が規定した犯罪を実施した場合、本法を適用する」
と紹介されている。
つまり、香港の永住者ではない外国人が香港の外で行った行為についても、同法を適用し得るとする極めて広い域外適用規定である。
高橋氏は、これを中国による法的支配の範囲を国外にまで広げようとする発想だとして厳しく批判した。
長谷川氏はまた、この問題を受け、カナダ、オーストラリア、英国などが当時、香港との犯罪人引渡しに関する制度を停止する方向へ動いたことを指摘した。
【香港、台湾、尖閣は連動している】
河野氏は、中国の海洋戦略を考える上で「第一列島線」という概念を重視した。
沖縄、台湾、南シナ海などを連ねる第一列島線の内側において、中国が軍事的・政治的な活動範囲を拡大し、米国をはじめとする外国勢力の関与を制約しようとしている、との分析である。
そして、
「香港、台湾、尖閣の三つの問題はすべて連動している、と見なければなりません」
と語った。
高橋氏はさらに、南シナ海もそこに加えるべきだと述べた。
南シナ海で中国が段階的に既成事実を積み重ねてきた方法が、東シナ海や尖閣でも再現される可能性があるという警告である。
【台湾か、尖閣か】
長谷川氏は「香港の次は台湾ではないか」と問いかけた。
これに対して河野氏は、中国は台湾と尖閣のどちらが行動を起こしやすいかを見極めているのではないか、と分析した。
台湾には住民がおり、米国との安全保障上の関係も強化されている。
一方、尖閣諸島は無人である。
この違いが中国側の計算に影響する可能性がある、というのである。
そして高橋氏も、尖閣を狙う可能性を高く見ていると述べた。
これらはいずれも2020年当時の対談者による情勢分析である。
【なぜ日本の施政権を明確に示さなければならないのか】
長谷川氏は、尖閣諸島が国有化された以上、日本政府の管理責任は一層大きいとして、政府職員の常駐を検討すべきだとの意見を示した。
高橋氏も、安倍晋三氏が2012年の自民党総裁選や、その後の国政選挙の政策集で、公務員常駐の検討を掲げていたことを指摘した。
河野氏は、海上保安庁と自衛隊だけによる現在の対応には限界があり、尖閣に施設も常駐者も存在しない状況を見直す時期ではないか、と述べた。
その背景として河野氏が挙げたのが南シナ海である。
中国は、当初は岩礁などへの小規模な活動から始め、埋め立てによって人工島を造成し、その後、軍事施設を整備していった。
2015年、習近平国家主席は訪米時、南シナ海で軍事化する意図はないとの趣旨を述べたが、その後、中国は同地域で軍事拠点の整備を進めた。
2016年には南シナ海をめぐる仲裁判断が出されたものの、中国政府はこれを受け入れなかった。
河野氏が警鐘を鳴らしたのは、「最初の小さな既成事実を放置すれば、後から取り戻すことが極めて難しくなる」ということである。
竹島についても、日本側が有効な対応を取れない間に韓国による支配が固定化したという認識から、「二の舞になってはならない」と警告した。
【実効支配をどのように示すのか】
高橋氏は、日本の施政権を国際的に可視化する方法として、海洋生物などを対象とした国際的な学術研究を尖閣周辺で実施し、日本政府が関係する形で調査を行うという案を提示した。
さらに、尖閣諸島に属する久場島と大正島が米軍の射爆撃場として設定されてきたことにも言及し、その使用を通じて日米同盟の存在を示すという考えを述べた。
河野氏は、それには米国側にとっても大きな政治判断が必要になるだろうと応じた。
ここで対談者が一貫して論じているのは、武力衝突を起こすことではない。
中国側に「日本は何もしない」「米国も関与しない」という誤った認識を与えないことによって、むしろ武力行使を抑止する必要がある、という問題である。
【日本が最も避けなければならないもの】
私がこの対談で最も重要だと考えるのは、河野氏の次の指摘である。
「このまま日本が手をこまねいていると、中国は『尖閣に手を出してもアメリカは出てこない』と“誤解”する虞があります。そこから武力行使の可能性が出てくる」
国家間の危機で最も危険なのは、必ずしも相手が戦争を望んでいる時だけではない。
相手が「こちらは反応しない」と誤解した時にも、危機は生じる。
尖閣諸島をめぐって日本が必要としているのは、感情的な挑発ではない。
日本が自国領土を管理しているという事実を明確にし、日米同盟の意思を曖昧にせず、中国側に誤算を生じさせないことである。
香港。
台湾。
南シナ海。
東シナ海。
尖閣諸島。
これらを別々の出来事としてだけ見るのではなく、中国の対外戦略全体の中で捉えなければならない。
2020年8月10日に紹介したこの対談の核心は、今もそこにある。
この稿、続く。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください