アジア女性基金をめぐる挺対協の圧力――元慰安婦への威圧と、日本人支援者・臼杵敬子代表への入国禁止
アジア女性基金の「償い金」を受け取った元慰安婦への挺対協の圧力と、日本側で訴訟支援を続けた臼杵敬子代表が韓国当局から入国禁止措置を受けた経緯を、大沼保昭教授の証言とともに記録する。
2020年8月19日
慰安婦問題をめぐっては、日本政府と民間の協力によって設立されたアジア女性基金による「償い金」を受け取るか否かが、韓国国内で大きな対立を生んだ。
以下の記録が伝えているのは、基金を受け取った元慰安婦たちが挺対協から強い圧力を受けていたこと、さらに、日本側で「東京従軍慰安婦訴訟」を支援してきた臼杵敬子代表までが、韓国への入国禁止措置を受けたという事実である。
同時に、アジア女性基金理事だった大沼保昭明治大学特任教授が、挺対協が問題を元慰安婦本人の幸福という観点ではなく、韓国社会の根深い反日問題へと持っていった、と指摘していたことも記録されている。
日本人支援者も入国拒否
話を慰安婦問題に戻そう。挺対協をはじめ韓国側に非があると指摘するアジア女性基金の関係者は、下村さんだけでない。今年8月に韓国メディアの訪日取材団のインタビューに応じた同基金理事の大沼保昭明治大学特任教授は「どれほど謝罪しても韓国は満足しないという空気が日本にある」と述べ、「日本の右傾化をもたらした理由の一つに、日本側の解決努力に対する韓国側の冷ややかな評価をあげた」と韓国で報じられた(同月31日、韓国聯合通信ウェブ版)。大沼教授は、挺対協が、慰安婦問題を、「慰安婦だったおばあさんたちを幸福にするために解決する」という観点でなく、「韓国社会に根深い反日問題へと持って行った」とも指摘している。
韓国メディアへの発言の真意を大沼教授に直接尋ねた。「韓国の市民社会は成熟していると期待していた。しかし、そうでなかったことにもがっかりしているが、最後までお互いに絶望せずにやろうよ、そのために韓国のメディアも反省して欲しい」という主旨での発言だったそうだ。韓国の取材団も大沼教授に、「私たちも、挺対協の言い分だけをうのみにしていた点は、問題があった」と打ち明けていたそうだ。
元慰安婦のおばあさんたちは、日本に国家賠償を求める「東京従軍慰安婦訴訟」を91年に起こした。この訴訟の支援を日本側で続けた「日本の戦争責任をハッキリさせる会」の臼杵敬子代表は、韓国人元慰安婦が初めて「償い金」などを受け取った97年1月の約半年後、韓国当局から入国禁止措置を受けた。
臼杵さんは入国拒否についてこう語る。
「入国拒否になる前に、韓国大使館から接触があった。訴訟の打ち合わせもあるし、韓国のためにやっている人間をどうして入国拒否するのかと聞いたら、挺対協が法務省と外交通商省に、臼杵は基金を受け取れと言って動いているから入国させるなと申し入れたという返事だった」
挺対協に逆らって金を受け取ったおばあさんたちは、強烈ないじめにあっていた。脅迫電話が絶えず、日本の支援者が1万円ずつ出しあって、電話機を録音機能のあるものに替えた。ただ、おばあさんたちもやられる一方ではなかったようだ。臼杵さんの話だ。
「外交通商省の担当者が挺対協の方ばかり見ていて、自分らの意見を封殺していると怒ったおばあさんたちが、外交通商省に押しかけて、エレベーターの前で担当者のネクタイを引っ張るようなこともあった」
そうした動きのバックに臼杵さんがいるのではと疑った末の入国禁止でもあったのだろう。日本からの「償い金」を受け取ったために挺対協のメンバーに罵倒されたおばあさんの一人は、こう悔しがったという。
「私だって、母が幼いときに亡くならなければ、尹貞玉さんと同じように梨花女子大ぐらい卒業できた」