事実よりイデオロギーを優先するメディア――東京新聞と毎日新聞の「内ゲバ」が示したもの

東京新聞の望月衣塑子記者をめぐるツイート問題と、毎日新聞、東京新聞労働組合の応酬を通じて、事実報道より「反権力」の自己陶酔を優先するメディアの本質を論じる。
阿比留瑠比氏の論考をもとに、桜を見る会追及に固執する野党とメディアが、感染症対応という国家的課題を軽視していた姿勢を批判する。

2020-03-11
いずれにせよ、この期に及んで感染症対応より「桜を見る会」が大事だと思っている野党とメディアに、国民が「論外」の烙印を押す日は近いのではないでしょうか。
以下は阿比留瑠比氏の論文の続きである。
東京と毎日の「内ゲバ」。
事実を拾い集める取材の過程や、報道の過程で、権力批判という副産物が生まれることはあります。
しかし、あくまでメディアの目的は権力の監視ではなく、事実の報道であることは言うまでもありません。
事実よりイデオロギーを優先させ、「反権力」の自己陶酔に浸る。
その典型が、東京新聞の望月衣塑子記者ではないでしょうか。
官房長官の記者会見に出席しては意味不明な質問を繰り返す彼女は、ツイッターで「番記者たちが『望月は指させない』と内々で決めた」と呟きました。
これに対し、毎日新聞が「事実に反するツイート拡散」と望月氏を批判。
すると今度は、東京新聞労働組合が参戦した。
「一番大事なのは『望月記者のツイート内容の事実誤認の有無』ではなく、『官邸の記者会見のあり方』であり、『内閣記者会が政権に対峙する姿勢』がどうなのか、です」
そうツイッターで毎日新聞に反論したのである。
東京新聞も毎日新聞も、いまだに「桜を見る会」を追及している同じ穴のムジナである。
一連の“場外乱闘”は、ネット上で「内ゲバ」と揶揄されていました(笑)。
産経新聞は、望月氏の誤った情報発信について、東京新聞編集局に文書で質問した。
ツイートに対する見解、削除の意思、望月氏への対応などについてである。
しかし、返答は「望月個人のアカウントによるツイートであり、回答を差し控える」の二言で終わった。
望月記者と東京新聞労働組合のツイート、そして編集局の回答からわかるのは、彼らの事実軽視の態度である。
「自分たちがやっていることは正義だから、多少の事実が間違っていても大丈夫だろう」
そういう姿勢なのである。
ちなみに私は菅政権時代、総理大臣記者会見に十回ほど出席したことがあります。
そのうち、質問で手を挙げて当てられたのは、産経新聞が幹事社を務めた時も含めて二回だけだった。
そのとき東京新聞は、私が質問の機会を与えられていないことを問題視したのか。
「また阿比留が手を挙げているよ」ぐらいに思っていたはずである。
慰安婦報道で日韓関係をこじらせた元朝日新聞記者の植村隆氏が、「朝日新聞社を辞めて初めて、自分への風当たりの強さに気づいた」というようなことを言っていた。
財閥系の大企業などにも言えることですが、大きな組織は内部ですべてが完結してしまう。
組織が守ってくれるから、外部からの批判に晒されることなく、のうのうと生きていけるのである。
朝日新聞の場合、批判に耳を傾けてしまうと、今までやってきたことが全否定されてしまう。
だから耳を塞いでいるだけかもしれませんが(笑)。
いずれにせよ、この期に及んで感染症対応より「桜を見る会」が大事だと思っている野党とメディアに、国民が「論外」の烙印を押す日は近いのではないでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください