小澤征爾とベルリンフィル――早朝5時半の中之島薔薇園、プロコフィエフ交響曲第7番「青春」
2026年5月16日。
朝、目覚めて快晴を確認し、日の出時刻を確認した。
そして、すぐにタクシーで中之島薔薇園へ向かった。
撮影を始めたのは、朝5時半頃だった。
この写真集は、その早朝の中之島薔薇園を撮影した作品である。
今年撮影した薔薇の写真の中でも、私にとって最も得難い作品の一つである。
なぜなら、そこには偶然だけではなく、早朝の光を逃すまいとした意志があるからである。
薔薇は、昼の光の中で咲く花であると同時に、朝の光の中でこそ、その本当の清冽さを見せる花でもある。
5月16日の中之島薔薇園には、その清冽な時間があった。
都市の中心にありながら、そこには一瞬、都市を超えた静けさが生まれていた。
水都大阪の朝。
中之島の空。
昇り始めた光。
そして、薔薇園に満ちていた初夏の気配。
この写真集は、ただ撮影しただけのものではない。
最終写真集として仕上げるにあたり、不要無用のビルの看板等は、可能な限りすべて消した。
それは、早朝の薔薇園が本来持っていた美を、余計なものから解放するためである。
都市の中にある薔薇園でありながら、画面の中では、薔薇と光と空気だけが主役でなければならない。
その思いで仕上げた作品である。
音楽は、プロコフィエフ交響曲第7番 嬰ハ短調 op.131「青春」。
演奏は、小澤征爾指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。
プロコフィエフの第7番は、晩年の作品でありながら、不思議なほど若々しい。
明るく、透明で、懐かしく、しかしどこかに深い影を湛えている。
それは、単純な青春ではない。
人生を知った者が、遠くから見つめる青春である。
だからこそ、早朝の中之島薔薇園に合う。
薔薇の華やかさ。
朝の静けさ。
都市の中に一瞬だけ訪れた清らかな時間。
それらが、プロコフィエフの音楽と響き合う。
写真が音楽を説明しているのではない。
音楽が写真に従属しているのでもない。
写真と音楽が、それぞれ独立した芸術として向かい合い、やがて一つの時間を作り上げていく。
この作品は、早朝の中之島薔薇園を、プロコフィエフの「青春」と共に記録したものである。
2026年5月16日。
朝5時半。
快晴。
中之島薔薇園。
この一瞬のために、私は目覚め、日の出を確認し、タクシーで向かった。
その時間を、ここに残す。