スペイン風邪も武漢ウイルスも――疫病を世界に運んだ中国の責任

高山正之氏の週刊新潮連載「支那ウイルス」を引き、スペイン風邪の中国発生説、第一次大戦下の苦力移送、そして武漢ウイルスをめぐる中国共産党の責任転嫁を論じる。疫病の発生と拡散における中国の責任を問う一章。

2020-03-30
運び屋はスペイン風邪と同じ支那人。
そこまではっきりしているのに習近平はとぼけ、支那外務省は米軍が持ち込んだと言い出す。
以下は、「支那ウイルス」と題して掲載された、週刊新潮今週号の掉尾を飾る、戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之の連載コラムからである。
今回は、第一次大戦末期に「スペイン風邪」と命名された疫病は、実は中国発であった事を、彼ならではの見事な論説で解明している。
前文省略。
400年続いたスペイン苛めは、それほど悪い人でもないフランコまで極悪の独裁者に仕立て、国連までスペインを「除け者にするよう」決議した。
その少し前、第一次大戦末期に世界で致死性の呼吸器疾患が流行った。
日本では「流行性感冒」と呼んだ20世紀最悪のパンデミックで、1億人が死んだとも言われる。
発生地はカンザス州の兵舎だとか西部戦線の塹壕だとか諸説があった。
最近、カナダの歴史学者マーク・ハンフリーが「支那発生で支那人が蒔いた」とする説を発表した。
それによると、大戦で働き手が不足した英仏が急ぎ苦力10万人を手配した。
彼らは太平洋を越え、バンクーバーから列車で大西洋側に運ばれ、再び海路で英仏に送られた。
そのころ支那では肺ペストに似た病が流行り、日に50人が死んでいた。
苦力たちにも同じ症状が出て、仏ノイエル・シュルメールの病院には「数百人の苦力が呼吸器疾患で死んだ」記録が残る。
この凶悪な流行病を何と呼ぶか。
当時「カンザス病」とかも候補になった。
それを嫌がった米国が、どうだろう、この際、世界の嫌われ者「スペインの風邪」にしては、と持っていったと言われる。
それから1世紀。
武漢から汚らしい伝染病が世界に蔓延し、人命も世界経済も瀕死に追い込んでいる。
運び屋はスペイン風邪と同じ支那人。
そこまではっきりしているのに習近平はとぼけ、支那外務省は米軍が持ち込んだと言い出す。
仮に発生地がカンザスだって構わない。
いま世界で一番恥知らずな嫌われ者は支那だ。
それを「支那ウイルス」と呼んで何の不都合があるか。

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