「義」に殉じる知識人と、安全圏から国家を損なう者たち――許章潤氏が示した言論の覚悟
中国共産党の習近平指導部を批判し、職と平穏を失う危険を引き受けた清華大学教授・許章潤氏。
中国で「義」に殉じる知識人と、自由と安全を保障された日本で高い地位と報酬を得ながら中国や韓国に迎合する言論人との違いを論じた、2020年7月17日の記録である。
2020-07-17
中国の習近平指導部を批判した法学者・許章潤氏は、2018年に国家主席の任期制限撤廃などを批判した後、教育・研究活動を停止され、監視と行動制限を受けた。
2020年7月6日には北京の自宅から公安当局に連行され、6日間の拘束を経て釈放された。
その直後、清華大学は許氏を解雇した。
学問と表現の自由を監視する国際団体Scholars at Riskは、この解雇を、許氏の論文と公的発言に対する報復とみられる措置として記録している。
本稿が発信されてから6年を経た現在も、中国における言論統制の問題は過去のものになっていない。
アムネスティ・インターナショナルは、中国当局による監視、検閲、嫌がらせ、法的措置、国外にいる批判者への圧力など、国境を越えた抑圧が続いていると報告している。
許章潤氏が体現したのは、単なる政権批判ではない。
発言すれば職を奪われ、拘束され、家族や生活まで危険にさらされる国家において、それでも学者として考えたことを公表するという覚悟である。
西見由章特派員は、それを「義」に殉じる姿として描いた。
筆者が同時に問題にしたのは、言論の自由と生命の安全が保障されている日本において、高い地位と報酬を得ながら、日本の国益を損なうと筆者が考える言動を繰り返す人々の存在である。
中国で政権を批判することと、日本で日本政府や日本社会を批判することは、同じ「批判」という言葉で括ることはできない。
発言者が引き受ける危険が、根本的に異なるからである。
なお、原文中の丹羽宇一郎氏に関する「日本は中国の属国として生きていけばよい」との発言は、作家・深田祐介氏が丹羽氏本人から聞いたとする証言が『WiLL』2012年7月号で紹介され、後に複数の論考で引用されたものである。
本稿では、2020年当時の筆者の記述として収録する。
以下は、「『義』に殉じる人たち」と題して、2020年7月16日の産経新聞に掲載された西見由章特派員の記事からである。
【原文】
自らの職や平穏、命をも失う危険が全くない。
高給を得ながら反国家的な言動を弄し、中国や韓国に与し続けている。
以下は、「『義』に殉じる人たち」と題して、昨日の産経新聞に掲載された西見由章特派員の記事からである。
中国の習近平指導部を鋭く批判してきた清華大学法学部教授の許章潤氏が、公安当局に一時拘束された。
許氏と交流があった北京の大学教授は、「彼は非常に控えめで穏やか、上品な態度の知識分子だ。その印象と彼の言論は一致しないかもしれない」と話す。
許氏は、北京大学と双璧をなす中国トップ校の清華大学で「法治人権研究センター」主任を務めるなど、体制内エリートでもあった。
だが、2018年7月に発表した文書で、習氏の3期目続投に向けて国家主席の任期制限を撤廃した憲法改正について、「中国を恐怖の毛沢東時代に後戻りさせる」と厳しく指弾した。
それが、当局側の怒りを買うことになった。
「学者は、それがすべて正確でないとしても、自らの観点を公表できるべきだ。政府への批判は、彼がこの国を愛し、改善と進歩を希望していることの表れだ」
先の教授は、郊外の喫茶店で静かにそう語った。
香港メディアによると、清華大学は「道徳的腐敗」を理由に許氏を免職処分とし、許氏も処分を受け入れる考えだという。
国家が圧倒的な権力を持つ権威主義国の中国で、当局を批判した個人は、虫けらのように踏みつぶされる。
ただ、彼らの多くは、自らの職や平穏、命をも失う危険を覚悟しながら、あえて自らの「義」に殉じているのだ。
*一方、日本では、私が言及してきた人間たちが、自らの職や平穏、命をも失う危険が全くないどころか、日本最高級の高給を得ながら、反国家的な言動を弄し、底知れぬ悪とまことしやかな嘘の国である中国や韓国に与し続けている。
特に中国に対しては、丹羽宇一郎などは「偉大な中国」などと称賛し、将来、日本は中国の属国になればよい、などと言ったらしい。*