安倍晋三の人柄を伝える伊奈久喜の葬儀――若き日の縁を忘れなかった総理

2017-12-05
安倍晋三の人柄を伝える伊奈久喜の葬儀――若き日の縁を忘れなかった総理
2026-07-26 再掲載
日経新聞特別編集委員・伊奈久喜の葬儀に現れた安倍晋三。
父・安倍晋太郎外相の秘書だった若い安倍と、外務省担当記者だった伊奈との関係をたどりながら、政治報道だけでは見えにくい安倍晋三の人柄、旧友への思い、昭恵夫人の言葉を記す。

【再掲載にあたって】
政治家について語られる時、政策、選挙、政局、支持率ばかりが記事になる
しかし、一人の人間がどのように旧友と付き合い、遠い昔の縁をどのように覚えているかというところにも、その人物の本質は現れる。
2016年、日本経済新聞の特別編集委員だった伊奈久喜の葬儀で、安倍晋三はそれを静かに示した。
本稿は2017年12月5日に発信した章である。
【日経新聞記者・伊奈久喜の葬儀で】
しばらく安倍総理と会わない時期があったとしても、私は何とも思わない。
「安倍総理はいつ会っても安倍総理のままだ」と思える安心感があるからだ。
長年にわたる安倍総理の友人たちは、きっと皆そう思っているのではないか。
そして彼には、昔からの縁や受けた恩を忘れない温かい心がある。
それを改めて感じたのは、日本経済新聞の特別編集委員だった伊奈久喜氏が2016年に亡くなった時のことである。
私も、懐かしい先輩記者を偲んで、葬儀会場となった教会へ足を運んだ。
そこで安倍晋三総理の名前を目にした。
司会者が弔電を読み始めると、その一通には伊奈氏の最期の日々が記されていた。
病床にあってもなお原稿を書いており、それが最後の原稿になったのではないか、という内容だった。
聞く者の胸を打つ言葉だった。
一体、誰からの弔電なのだろうか。
そう思っていると、司会者が送り主を紹介した。
「安倍晋三内閣総理大臣」
【弔電だけではなかった】
「えっ、総理は伊奈さんの病院へ見舞いに行ったのか。
私は結局、行けなかった」
そんな思いにとらわれていると、警備の人たちが足早に教会へ入ってきた。
そして安倍総理本人が姿を現し、最前列に座り、真っ先に献花した。
伊奈氏は、総理との親しさをことさらにひけらかすような記者ではなかった。
実際、二人がそれほど頻繁に話していたとも思わない。
【二人がまだ「何者でもなかった」頃】
ここからは私の想像である。
安倍晋三が父・安倍晋太郎外相の秘書として政治の世界に入らざるを得なくなった頃、外務省担当記者だった伊奈氏と知り合ったのではないか。
二人ともまだ若く、後に知られるような「何者か」になる以前の時代を共有したことが、二人の間に特別な縁を生んだのではないか。
その頃の記憶が、二人にとって忘れがたいものとして残っていたのではないか。
いずれにしても、遠い昔の記憶や人との縁を心の底から大切に思う気持ちがなければ、ここまでのことはできないと思う。
【昭恵夫人が語った「主人の優しいところ」】
後に昭恵夫人にこの話をしたところ、彼女はこう言った。
「そうなんです。
主人のそういう優しいところは、なかなか皆さんには分かってもらえないんです。
谷口さんからも、ぜひ言ってください」
いい夫婦である。
この稿続く。

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