中国の海洋覇権戦略――第一列島線・第二列島線、南シナ海の軍事化、そして東シナ海への警告
2020年8月3日、中国の海洋戦略の起点を鄧小平・劉華清時代に遡り、第一列島線・第二列島線、九段線、人工島の軍事拠点化、香港統制を通じた南シナ海支配と、東シナ海および日本に迫る危険を論じた記録。
2020-08-03
本稿は、中国海警局の組織と実力を検証した前章に続き、中国の海洋進出が一時的、偶発的な行動ではなく、鄧小平時代に形成された長期的な国家戦略であることを論じたものである。
第一列島線と第二列島線、南シナ海における人工島の造成と軍事拠点化、国際仲裁判断の拒絶、三沙市への行政区編入、香港に対する統制を、一つの海洋覇権戦略として捉えている。
米国議会調査局も、第一列島線を黄海、東シナ海、南シナ海を囲む線、第二列島線をフィリピンとグアムの間に広がるフィリピン海まで含む線として説明し、中国海軍の近海支配と西太平洋への展開を分析している。
引用
「中国は、この海域を海洋領土に組み入れることを目指したのだ。大陸国家といわれる中国が、新たな権益の拡大のため『海』に乗り出し始めたのである」
本文
2020-08-03
中国は、この海域を海洋領土に組み入れることを目指したのだ。大陸国家といわれる中国が、新たな権益の拡大のため「海」に乗り出し始めたのである
以下は前章の続きである。
ぶれない中国の海洋戦略
現在の中国の海洋侵出の骨格は、1981年に鄧小平氏が中国共産党中央軍事委員会の主席に就任した時代に作られた。
翌82年には、鄧氏の指導下において、中国人民解放軍海軍司令官、劉華清上将によって中国人民解放軍近代化計画が立案され、体制作りが進められた。
現在もこの計画が脈々と踏襲されている。
この計画の中心となる軍事戦略として、第一列島線および第二列島線の概念が生み出された。
中国の最大の敵対国と目された米国との軍事境界ラインを想定したものだ。
中国は、この海域を海洋領土に組み入れることを目指したのだ。
大陸国家といわれる中国が、新たな権益の拡大のため「海」に乗り出し始めたのである。
まず、アジアの海域に多大な影響力を持つ日本の海洋戦略を封じることが優先課題となった。
第一列島線とは、日本の南西諸島から台湾、フィリピン、インドネシアから南シナ海を包み込むように結ばれたラインである。
東シナ海と南シナ海を自国の海にしようとする計画で、この第一列島線の完成目標は2010年だった。
南シナ海は、人工島を作りほぼ手中に収めたので、東シナ海侵出に本腰を入れ始めたのだ。
すでに小笠原諸島からグアム・サイパン、太平洋島嶼国へ伸びる第二列島線の侵出にも着手している。
中国の海洋侵出には、国際常識など通じない。
南シナ海では、フィリピンやベトナムが管轄権を主張する海域内において、一方的に「九段線」を設定して領有権を主張し、9ヵ所の岩礁や暗礁に人工島を建設。
国連海洋法条約では、人工島は領土としては認められないが、領土に組み入れてしまった。
海域を奪われたフィリピンは2013年、中国の不当な海域支配を阻止するためオランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所に訴えた。
16年に同裁判所は中国の不当な海域支配を認め、フィリピンの勝訴となった。
しかし、中国政府は、この判決を「紙屑にしか過ぎない」と批判し、南シナ海への侵出を続行している。
すでに、スービ礁、ファイアリークロス礁、ミスチーフ礁の人工島に軍用機の離着陸可能な滑走路などの軍事拠点施設の建設がほぼ完了し、海洋支配を確固たるものとした。
ベトナム海域への侵出は、さらに過激である。
中国とベトナムの管轄権の主張が重複する海域に出漁したベトナム漁船は、中国海軍や海警により排除される。
従わない漁船は拿捕され、乗組員は拘束され、通信機器や機械設備などは没収される。
今年4月には、中国警備船に体当たりされたベトナム漁船が沈没する事件が起きている。
中国は、国連海洋法条約などの国際法より、自国の繁栄を優先する。
中国にとって、国際法は意味を持たず、さらに、国連安全保障理事会の常任理事国として拒否権を持つ中国は、国連安保理からの制裁を受けることもないのだ。
中国のアジア支配に歯止めをかけたい米国は、南シナ海において軍艦を航行させ警戒に当たる「航行の自由作戦」を展開し、海洋秩序の維持に努めてきた。
しかし、中国の実効支配は、徐々にその範囲を拡大し、すでに南シナ海を囲む九段線内をほぼ手中に収めた。
さらに、開発した人工島を三沙市の南沙区および西沙区の行政区に組み入れ、施政下にあることを示し、既成事実とした。
東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は、中国に自重を求め、「南シナ海行動規範」の制定を目指し、話し合いを続けてきたが、今となっては、中国の譲歩を期待する余地もない。
南シナ海の支配は、香港における民主派の弾圧にも通じている。
イギリス統治時代には、シンガポールと世界1を競ったコンテナターミナルの機能は、中国本土の上海と寧波に移され、今や世界7位にまで後退している。
香港国家安全維持法は、香港の一国二制度を崩し、市民の自由な言論は封印されてしまった。
さらに、香港の港は外国勢力との関係が危険視され、中国政府の影響下に置かれることになる。
その結果、南シナ海の海上交通の主導権は中国が握り、米国の出る幕がなくなるのだ。
日本人は性善説で生きているが、中国は国際常識や国際法とは無縁の世界で行動していることを認識しなければならない。
中国が南シナ海で起こした侵略行為は、東シナ海においても同様の手口が用いられる。
備えを怠ってはいけない。
この稿続く。
資料注
本文は2020年8月3日の原文を変更せず、そのまま掲載した。
第一に、本文中の「常設仲裁裁判所に訴えた」「同裁判所は」という表現は、一般的に用いられてきた呼称を原文のまま残したものである。
法的には、フィリピンが国連海洋法条約付属書Ⅶに基づいて申し立て、同条約に基づく仲裁裁判所が判断を下し、常設仲裁裁判所は手続の事務局を務めた。
最終判断は2016年7月12日に出され、中国が九段線内で主張する歴史的権利について、国連海洋法条約を超える権利を主張する法的根拠を認めなかった。
第二に、国連海洋法条約第60条第8項は、人工島は島の法的地位を持たず、独自の領海を持たないと定めている。
第三に、本文中の「9ヵ所の岩礁や暗礁に人工島を建設」という記述は原文のまま残したが、中国が南沙諸島で大規模な埋立てと人工島造成を行った拠点について、仲裁判断および米国国防総省資料では通常「7か所」と整理されている。
第四に、中国国務院は2020年4月、三沙市に西沙区と南沙区を設置し、西沙区が西沙諸島などを、南沙区が南沙諸島と周辺海域を管轄すると発表した。
第五に、2020年4月のベトナム漁船沈没事件について、ベトナム政府は、中国海警船に妨害、衝突され沈没したと発表した。
第六に、本文中の香港港の「世界7位」は原文のまま残したが、香港政府の統計資料では、香港港の2019年のコンテナ取扱量は世界第8位とされている。
かつて世界首位を争った香港港の地位が大きく後退したという本文の論旨は変わらない。