中国漁船団と海上民兵――尖閣諸島に迫るグレーゾーン侵攻と島嶼防衛の急務
中国は、海警船だけでなく、漁船と漁民を基盤とする海上民兵を海洋権益拡大の手段として利用してきた。
2020年、尖閣諸島周辺で中国海警船が日本漁船に接近、追尾した事案を起点に、中国漁船団の集団行動、休漁期明けの大量出漁、グレーゾーン戦略、日本の漁業支援と島嶼防衛の必要性を論じる。
2020-08-03
本稿は、東京都による尖閣諸島購入計画と2012年の国有化を検証した前章に続き、中国海警船、漁船団、海上民兵を組み合わせた中国の海洋進出に、日本がいかに対処すべきかを論じたものである。
2020年5月8日、中国海警船四隻が尖閣諸島・魚釣島周辺の日本領海に侵入し、このうち二隻が操業中の日本漁船に接近、追尾しようとした。
海上保安庁巡視船は、日本漁船との間に入って安全を確保し、中国海警船に退去を要求した。
外務省も、中国側に対し、日本漁船への接近と追尾を直ちに中止し、日本領海から退去するよう厳重に抗議した。
本稿が提起した問題は、2020年当時だけのものではない。
2026年7月10日更新の外務省資料は、中国海警船などが荒天の日を除いてほぼ毎日、尖閣諸島周辺の接続水域に入り、月に数回の頻度で日本領海への侵入を繰り返していると説明している。
防衛省も、海上民兵が中国の海洋権益擁護において尖兵的な役割を果たしているとの指摘を紹介し、中国海警船が尖閣諸島周辺で日本漁船に接近しようとする事案が継続していると記している。
引用
「その時が来ると、漁船団は共産党政権の指示した海域へと出漁するのだ。中国にとって漁船団は、海洋侵略の尖兵であり、海上民兵とも呼ばれる。」
本文
2020-08-03
その時が来ると、漁船団は共産党政権の指示した海域へと出漁するのだ。中国にとって漁船団は、海洋侵略の尖兵であり、海上民兵とも呼ばれる。
以下は前章の続きである。
尖閣へのさらなる侵攻
今年6月下旬、日本ではネットテレビなどを通じ、尖閣諸島周辺海域で漁を行い帰航する石垣島の漁船の映像が配信された。
この映像は、海洋安全保障の研究者にとって衝撃的なものだった。
高速で走る日本の漁船。
それを追いかける中国の大型警備船。
漁船と中国漁船の間に割って入る海上保安庁巡視船。
この映像を見ていると、まるで中国警備船の追跡から日本の漁船が逃げているようにしか見えない。
さらに、漁船、海保巡視船が尖閣諸島から離れると、すぐに同諸島海域に引き返し、あたかも島の警備に成功したかのごとく振る舞っている。
この映像は、皮肉なことに中国が尖閣諸島を警備しているように世界に伝えてしまっているのだ。
尖閣諸島を守ろうと義憤にかられ出漁した行為は、中国に有利な証拠として利用されたのである。
この映像を見た産経新聞の佐々木類記者はYouTube番組「チャンネル正論」で、「まるで、日中で共同管理をしているように映る」と表現している。
少なくとも、日本の完全な管理下にあるとは言えない状況のようだ。
この夏、中国の浙江省から福建省にかけての沿岸部に、多くの漁船が係留されている。
港に入り切れない漁船団は、入り江や島陰に船団を組み錨泊している。
その数は、1万隻に上るともいわれている。
中国では、5月以降、3ヵ月間ほど東シナ海を始めとした海域に禁漁期を制定している。
例年、8月になると、南シナ海や東シナ海など、海域ごとに漁業が解禁となる。
その時が来ると、漁船団は共産党政権の指示した海域へと出漁するのだ。
中国にとって漁船団は、海洋侵略の尖兵であり、海上民兵とも呼ばれる。
今年8月、1000隻を超える海上民兵船が東シナ海に出漁すれば、東シナ海は大混乱に陥るだろう。
それに備えるには、至急、日本政府は明確に尖閣諸島が施政下にあることが明示できる施策を進めなければならない。
地元の漁師たちが安定して、経済性のある漁に行ける環境を用意することが最も有効な策であろう。
そのためには海保だけでなく、水産庁、気象庁など関係省庁のノウハウを連携させることが重要だ。
海洋調査、島嶼調査は不可欠だ。
そして、その根幹には、島嶼防衛があることを忘れてはならない。
日本が島々を守る力を有していることを内外に示すことも、領土侵略を未然に防ぐためには不可欠であり、島嶼防衛体制の確立が急務である。
資料注
本文は2020年8月3日の原文を一字一句変更せず、そのまま掲載した。
第一に、本文冒頭で取り上げられた映像と密接に関係すると考えられる日本漁船への接近、追尾事案は、政府資料では2020年5月8日から10日にかけて発生したものとして確認できる。
5月8日には中国海警船四隻が日本領海に侵入し、二隻が操業中の日本漁船に接近、追尾しようとしたため、海上保安庁巡視船が間に入って安全を確保した。
外務省は5月12日の会見で、中国側に接近、追尾の中止と領海からの退去を求めたと説明している。
本文の「6月下旬」は映像がインターネット上などで広く配信された時期を指すと考えられるが、今回確認した政府資料だけでは、映像の正確な配信日までは確定できない。
第二に、本文中の「漁船と中国漁船の間に割って入る海上保安庁巡視船」は、前後の文脈から「日本漁船と中国警備船の間に割って入る海上保安庁巡視船」の誤記と考えられる。
原典保存のため、本文には訂正を加えていない。
第三に、2020年当時適用されていた中国農業部の休漁制度では、黄海・東シナ海の北緯35度から26度30分までの海域は、原則として5月1日から9月16日まで、これより南の東シナ海は5月1日から8月16日まで休漁とされていた。
漁法によっては8月1日に解禁されるものもあり、本文の「3ヵ月間ほど」「8月になると解禁」という記述は、おおむね休漁制度の一部を捉えたものだが、海域と漁法によって期間は異なる。
第四に、中国の漁船すべてが海上民兵であるという意味ではない。
防衛省は、中国の民兵の中に、漁民や離島住民などを基盤として組織され、海洋権益擁護の尖兵的役割を果たすと指摘される「海上民兵」が存在すると説明している。
防衛研究所も、海上民兵は単なる漁民の集団ではなく、水産業者、造船業者、退役軍人、地方政府、中国共産党などが関与し、党、政府、軍の指揮を受けて海洋権益保護活動を行う組織であると分析している。
第五に、本文中の「1万隻に上る」「1000隻を超える海上民兵船」という数字は、2020年当時の情報や将来予測として記されたものである。
今回確認した公的資料からは、浙江省から福建省沿岸に係留されていた船が正確に1万隻だったこと、また2020年8月に1000隻を超える海上民兵船が尖閣諸島方面へ出漁する具体的な計画が存在したことまでは確認できなかった。
したがって、後者は本稿執筆時点における警戒と予測として読む必要がある。
第六に、大規模な中国漁船団と中国公船が同時に尖閣諸島周辺へ進出した前例は存在する。
2016年8月には、尖閣諸島周辺の接続水域で中国海警船六隻と、その周辺に約230隻の中国漁船が確認され、日本政府が中国側に厳重に抗議した。
第七に、2026年7月10日更新の外務省資料によれば、中国海警船などは、現在も荒天の日を除いてほぼ毎日、尖閣諸島周辺の接続水域に入り、月に数回、日本領海への侵入を繰り返している。
海上保安庁は2026年7月分までの日別記録を公開している。