日本の頭脳を誰が潰したのか――西澤潤一の光通信技術と高速増殖原型炉「もんじゅ」
光通信技術の先駆者・西澤潤一が直面した特許行政の壁と、日本が世界に先駆けて開発した高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉。
高山正之氏の論評を通じて、独創的な科学技術を評価できない行政と、事故の本質を伝えず否定的な印象を広げる報道が、日本の技術開発をいかに阻んできたのかを問う。
本稿は、2020年1月17日に発信し、同年8月3日に再発信した章である。
後半に引用した文章は、高山正之氏が『週刊新潮』の連載「変見自在」で、西澤潤一氏の光通信技術と高速増殖原型炉「もんじゅ」を取り上げ、日本の独創技術を正当に評価できない行政と報道を批判した論評である。
新潮社が刊行した高山氏のコラム集にも、「もんじゅ廃炉は日本の頭脳潰しになる」と題する一編が収録されている。
本稿が2026年の現在も重要なのは、日本が「もんじゅ」の廃止によって高速炉開発そのものを断念したのではなく、再びナトリウム冷却高速炉の実証炉開発へ進み始めているからである。
政府は2023年、三菱FBRシステムズが提案した「ナトリウム冷却タンク型高速炉」を実証炉の概念設計対象に選定し、三菱重工業を中核企業とした。
2026年6月の資源エネルギー庁資料では、高速炉実証炉の運転開始時期について、最速で2040年代半ば頃とされている。
日本は、「もんじゅ」が到達していた地点から、再び長い年月をかけて高速炉技術を築き直そうとしている。
本稿は、その失われた時間を生み出したものは何だったのかを問い直す記録である。
引用
「これも世界がヨーイドンで始め、日本が1994年に初臨界に達した。 2番目はロシアでつい先日動き出した。いかに日本が進んでいたかわかるが、ただ動いて間もなく」
本文
2020-08-03
これも世界がヨーイドンで始め、日本が1994年に初臨界に達した。 2番目はロシアでつい先日動き出した。いかに日本が進んでいたかわかるが、ただ動いて間もなく
軽水炉と違って冷却材漏れはコーヒーをこぼした程度の話だ…嘘と過剰報道で廃炉が決められた。と題して2020-01-17に発信した章を再発信する。
以下が、その理由である。
私は今はNHKのニュースは殆どながら見するか、
パスすることにしている。
特にwatch9は本当に見たくないと思っている。
先夜、何気に観ていた。
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/kosokuro_roadmap.htmlについて、このような事は殆ど説明せずに、否定的なトーンでの報道。\
面白かったのは、原発反対を唱えたいのであろう有馬が、上層部から、あまりにも恣意的な報道について、終に注意でも入ったか、
原発反対からのコメントを言いたくてたまらないが、必死になって(子供の様な顔をして)、言いたい事を堪えていた風情。
ただ、もんじゅの事故についても、具体的な事は何も報道せず、度重なる事故、と報道する。
彼らこそ本当の悪党である。
良識派、或いは真実を伝えているかのごとき態様で語るから最も悪質なのである。
前文省略。
東京五輪のあった年、東北大教授の西澤潤一が画期的な光通信技術の特許を出願した。
特許庁は「書式に不備」「意味不明」で申請をつき返した。
西澤は再提出を20回繰り返したが、その都度別の因縁がついてきた。
裁判にも訴えたが、結局20年争って、特許申請は通らなかった。
同じ時期、西澤と旧知の中国人チャールズ・カオが米国に渡って西澤と同じ論文を発表した。
彼はのちにそれでノーベル賞を受賞した。
一方、米コーニング社もカオを通して西澤と酷似した技術で特許を取った。
その特許権で西澤方式を採用していた住友電工を特許権侵害で訴え、大勝ちした。
日本の知能を無能な日本人役人が潰したいい例だ。
夢の原子炉と言われた高速増殖炉「もんじゅ」が事実上廃炉になった。
これも世界がヨーイドンで始め、日本が1994年に初臨界に達した。
2番目はロシアでつい先日動き出した。
いかに日本が進んでいたかわかるが、ただ動いて間もなく冷却用ナトリウムがこぼれるトラブルが起きた。
軽水炉と違って冷却材漏れはコーヒーをこぼした程度の話だ。
ただ時期が悪かった。
馬鹿な村山富市が首相で、朝日新聞が官房長官気取りだった時期にあたる。
朝日は反原発を喚いて、関係者2人を自殺に追い込んだ。
日本の最先端技術はあの日、嘘と過剰報道で廃炉が決められた。
日本の頭脳潰しは特許庁だけじゃない。
もっと愚かな新聞が加わっていた。
で、今後はどうするのか。
朝日は二流のフランスとぼちぼち共同開発を、と尢もらしそうに勧める。
2番でいいでしょう。
蓮舫か、お前は。
資料注
本文は2020年8月3日の原文を一字一句変更せず、そのまま掲載した。
第一に、西澤潤一氏が1964年に光ファイバーに関する特許を出願したことは、東北大学の資料で確認できる。
同資料には特願昭39-64040と記され、チャールズ・K・カオ氏が光ファイバーに関する論文を発表した1966年より、西澤氏の提案が早かったと説明されている。
第二に、カオ氏は2009年、「光通信用ファイバー内の光伝送に関する画期的業績」によってノーベル物理学賞を受賞した。
ただし、本文中の「カオが米国に渡って」という記述は正確ではない。
カオ氏が1960年代に光ファイバー研究を行った主要な所属先は、英国ハーローのStandard Telecommunication Laboratoriesであった。
第三に、本文中の「再提出を20回繰り返した」「20年争って、特許申請は通らなかった」という詳細は、高山氏の論評に記された内容である。
東北大学資料は、西澤氏が1964年に光ファイバー特許を出願し、特許庁がこれを衣料用繊維の発明に分類したことを記しているが、今回確認した一次資料だけでは、再提出回数と訴訟期間のすべてを独立して確認することはできなかった。
第四に、コーニング社が光通信用ファイバーの特許をめぐり住友電工を提訴し、米国連邦裁判所が一部のコーニング特許の有効性と住友電工による侵害を認めた訴訟は実在する。
一方、その判決記録は、コーニング社の特許が「カオを通して」西澤氏の技術から得られたことや、住友電工が使用していた技術が法律上「西澤方式」であったことまでは認定していない。
第五に、「もんじゅ」は1994年4月5日に初臨界を達成し、1995年8月29日に初送電を行った。
1995年12月8日、出力上昇試験中に二次主冷却系の温度計さや管が折損し、約640キログラムのナトリウムが漏えいした。
漏れたのは放射性物質を含まない二次系ナトリウムであり、放射線による周辺環境や作業員への影響はなかった。
ただし、ナトリウムは空気や水と激しく反応する物質であり、実際に酸化と火災が発生している。
したがって、「コーヒーをこぼした程度」という表現は、放射性物質の外部放出を伴わなかったことを強調する高山氏の比喩的・論争的表現であり、事故の化学的危険性を文字どおり評価した説明ではない。
第六に、ロシアのBN-800は2014年6月に初臨界、2015年12月に初送電、2016年10月に商業運転を開始した。
ただし、世界には「もんじゅ」以前にもフランスのフェニックスやロシアのBN-600など複数の高速炉が存在していた。
本文の「2番目はロシア」は、世界史上二番目の高速炉という意味ではなく、「もんじゅ」と同時代に競われた大型高速炉開発の中で、ロシアが後に実用規模のBN-800を動かしたという趣旨として読む必要がある。
第七に、「もんじゅ」の廃止措置移行が正式に決定されたのは、ナトリウム漏えい事故の直後ではなく、事故から21年後の2016年12月21日である。
「もんじゅ」は2005年から改造工事を行い、2010年5月には性能試験を再開している。
その後、炉内中継装置の落下、点検期限を超過した多数の機器、保全計画と組織運営上の不備などが問題となった。
政府の最終判断には、1995年の事故とその後の社会的反発だけでなく、保守管理体制、新規制基準への対応、追加費用、運転再開までの見通しなどが関係している。
第八に、日本は現在、高速炉技術を放棄していない。
2023年にはナトリウム冷却タンク型高速炉が実証炉の概念設計対象に選ばれ、最速で2040年代半ば頃の運転開始を目指す開発が進められている。
この事実は、高速炉が不要な技術だったのではなく、日本が「もんじゅ」で蓄積した知識と人材を、数十年後の実証炉開発へ引き継がなければならない技術であることを示している。
2016年10月6日号)
