中国社会における「圏子」の論理――宗族から擬制的共同体へ、そして石平氏が説く「敬して遠ざける」という対中認識
2020年8月9日。石平氏が中国社会の伝統的な「宗族」が現代の「圏子」へ形を変えて受け継がれていると論じ、公安、税務、司法、経営者などによる利益共同体と、中国共産党、国際社会への姿勢との関係を考察する。アーサー・H・スミスの中国人論を紹介し、日本には中国の行動原理を理解したうえで「敬して遠ざける」姿勢が必要だと説く。
以下は前章の続きである。
月刊誌『WiLL』2020年6月号に掲載された石平氏の論考である。
前章で石平氏は、中国社会における伝統的な「宗族」を取り上げ、宗族の内部には強い信頼、相互扶助、連帯が存在する一方、その倫理が宗族の外側にある「公」の世界にまで及びにくいという構造を論じた。
本章では、その「宗族」が現代中国において形を変えて受け継がれているものとして、「圏子」という人的共同体を取り上げる。
そして、その内と外を峻別する行動原理が、中国国内の社会関係のみならず、国際社会に対する中国の姿勢にもつながっている、と石平氏は論じている。
【敬して遠ざける】
実は、この「宗族」という社会組織は、一部の農村を除き、都会では廃れましたが、今でも形を変えて受け継がれています。
では、どういう形態になっているのか。
「圏子」と言います。
「サークル」という意味ですが、この共同体を通じて一種の擬制的な家族制度を形づくっています。
たとえば、公安局長、税務局長、裁判官、地元の経営者……など、十~二十人で「圏子」をつくり、自分たちの利益を守る。
この中では、経営者は脱税し放題です。
なぜなら税務局長が見て見ぬフリをするから。
公安局長もいるので、多少の犯罪なら逮捕しません。
もちろん、お金を持っている人たちは定期的に公安局長や税務局長に賄賂を渡している。
要するに「圏子」内は、治外法権なのです。
石平氏は、ここから中国と国際社会との関係について、さらに踏み込んで論じる。
中国は国際社会に対して、どうしてここまで残酷で、無責任なのか。
簡単な話、中国以外の外国は「圏子」外と考えているから。
もっと言えば、同レベルの人間だと思っていません。
だから、世界に対して、どれほど悪行を働いてもまったく構わない。
騙すのも当然。
誤りを認めることもない。
「圏子」を繁栄させることが、彼らの目的ですから。
もちろん中国国内でも、さまざまな「圏子」に分かれます。
中国共産党も一つの「圏子」と言えます。
これが中国社会の本質です。
歴代の征服者との関係の中で、圧政や暴政から自分たちの身を守るために中国人が見出した「宗族」や「圏子」は、三千~四千年続いてきた社会制度です。
ですから、中国人は外の社会に対して永遠に冷たいままなのです。
ここまでが、石平氏による中国社会の構造についての説明である。
そして石平氏は、19世紀後半に中国社会を観察したアメリカ人宣教師アーサー・H・スミスが残した、次の言葉を紹介する。
《中国人は我々にとって多かれ少なかれ謎であるし、謎であり続けるに違いない。(中略)。彼らの民族と我々の民族との来たるべき衝突(それは年月を経るにつれて益々激しくなりそうなのだが)と、この含蓄のある命題とがどう関係するかについて、ここで敢えて予測はしない。我々は、一般論として適者生存を信じている。果たして、〈神経質な〉ヨーロッパ人と、疲れを知らず、どこにでも浸透していく粘り強い中国人のどちらが、二十世紀の争いで生き残るのに適しているのだろうか》
石平氏は、このスミスの言葉を受けて、
「その争いは二十一世紀の今も引き継がれています」
と述べる。
そして日本に対して、次のように警告する。
日本は中国に接近しすぎると、必ず不幸な目に遭います。
今回の武漢ウイルスで世界の信用をなくした中国は、日本に泣きついてくる可能性もある。
現にマスクなどで恩を売り始めています。
ですが、中国を安易に信用してはなりません。
先に挙げた中国人の特性を見てください。
甘い顔をして、利用するだけ利用したら、途端に冷たい顔をする。
こういった中国人の行動原理を深く理解し、把握した上で、敬して遠ざけることが肝心です。
(『WiLL』2020年6月号掲載)
本稿において石平氏が提起しているのは、「宗族」から「圏子」へと形を変えながら存続してきた内部共同体の論理と、その外側にある社会との関係である。
内部には強い結束と相互扶助が存在する。
しかし、その倫理が共同体の外側まで及ばないとすれば、国家、社会制度、国際社会との関係もまた、その内外を峻別する論理によって理解する必要がある。
そして日本に必要なのは、中国という国家と中国社会の行動原理を正確に理解したうえで、必要以上に接近せず、同時に感情的な敵視にも陥らないことである。
石平氏が最後に用いた「敬して遠ざける」という言葉は、その対中姿勢を端的に表している。