記者クラブと記者会見の変質――高山正之「フリーは記者か」が問う専門性と報道倫理
記者クラブは、閉鎖的な既得権益なのか、それとも専門知識と取材経験を蓄積した記者が公権力と対峙するための取材組織なのか。
高山正之氏の週刊新潮連載「変見自在」の一編「フリーは記者か」を通じて、記者教育、専門記者の役割、記者会見の開放、フリー記者の責任、そして質問する側の報道倫理を問う。
本稿は、2020年4月3日に発信した章を、同年8月3日に再発信したものである。
引用の原典は、2020年4月2日発売の『週刊新潮』4月9日号に掲載された、高山正之氏の連載コラム「変見自在」の一編「フリーは記者か」である。
高山氏は、新聞社における厳しい選抜と地方支局での訓練、専門記者クラブに所属するまでの研鑽を、自らの記者人生を通じて描いている。
そのうえで、記者会見の開放が進む一方、専門知識、継続取材、裏付け、報道倫理を欠いた質問者までが「記者」を名乗るようになったとして、記者会見の変質を厳しく批判した。
日本新聞協会は、記者クラブを、公的機関などを継続的に取材するジャーナリストによる自主的な取材・報道組織と位置づけている。
同時に、報道活動の実績を有するジャーナリストにも門戸を開きながら、参加者には公共的な報道目的、運営上の責任、報道倫理の遵守を求めている。
したがって、本稿の本質的な問いは、会社員記者かフリー記者かという身分上の区別だけにあるのではない。
取材対象を継続して学び、事実を確かめ、質問と記事に責任を負う者だけが記者と呼ばれるべきではないか、という問いである。
引用
「平成の御代、その記者クラブが閉鎖的だ、開放しろという声が出た。声の出所は嘘しか書かない反日の外人記者会。それにフリーの記者も乗って騒いだ。」
本文
2020-08-03
平成の御代、その記者クラブが閉鎖的だ、開放しろという声が出た。声の出所は嘘しか書かない反日の外人記者会。それにフリーの記者も乗って騒いだ。
「もんじゅ」事故の会見では彼らが騒いで関係者二人が自殺した。東電福島事故では「次は誰が自殺するん、と題して2020-04-03に発信した章を再発信する。
以下は昨日発売された週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
彼は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである。
フリーは記者か
半世紀前、新聞記者を志して何社か受けた。
倍率は3桁近かった。
奇跡的に産経新聞の補欠に引っかかったが、そこからが大変だった。
入社後も選り分けがあって記者への第一歩となる地方支局に出られたのは5人に1人。
あとは整理部とか総務とかに回された。
それは「ダメならいつでも差し替える」という脅しでもあった。
だから不満など一言も言えない。
朝から晩までサツや県警、裁判所を回った。
回りながら原稿の書き方を覚える。
最初の半年は休みも取れなかった。
新聞は毎日出る。
毎日が言わば試験で他社の記者と比較され、下手を書くと一日惨めだった。
それに疲れ切る記者もいた。
水戸支局時代には読売の記者が自殺し、本社に上がってからは同期と先輩が縊首した。
死人が多い職場だった。
なまじの仕事では芽が出ない。
支局管内に誰もいかない東海村があった。
通って原子力を勉強した。
3年通って遠心分離方式によるウラン濃縮実験に出くわした。
米オークリッジで広島型原爆を作ったのと同じ洗濯槽みたいな筒が並んでいた。
いま北朝鮮が懸命に回している。
歩き回った成果だった。
それを重ねてやっと本社に上がれた。
上がっていいことは専門性の高い記者クラブに出られることだ。
こちらは飛行機のクラブに出た。
すぐロッキード社から新型機披露の招待があって、ロスに飛んだ。
ロ社での会見に出て驚いた。
各社記者は通訳なしで新型機についてロ社側に突っ込んだ質問をしていた。
そういう手練れになって初めて航空機事故を取材でき、解説を書ける。
記者クラブは遊んで務まる場ではなかった。
航空機のイロハから管制まで勉強しなければ会見に出ても意味も分からなかった。
当時の日航全日空には戦前派の操縦士もいて、生きた航空史が聞けた。
その中で「米軍に雇われてソ連、中共の奥地に侵入しスパイを落下傘降下させた」秘話を聞いた。
スパイ機を飛ばした一人は当時の羽田空港長、中尾純利だった。
震える特ダネだった。
経済部、政治部を含めて記者クラブとは研鑚を積んだ猛者が集い、会見は静かな戦場と言ってよかった。
いま新聞協会登録の記者は129社2万人。
一線に出て記事を書く記者は約5千人。
東京にある中枢の記者クラブ詰めになれるのはその10分の1ほど。
国会議員の数よりも少ない。
平成の御代、その記者クラブが閉鎖的だ、開放しろという声が出た。
声の出所は嘘しか書かない反日の外人記者会。
それにフリーの記者も乗って騒いだ。
彼らはクラブに入って一線の記者と切磋琢磨する気はなく、ただ記者クラブ主催の形をとる記者会見に出るのが目的だった。
戦場に新兵訓練もしていない素人が来る。
冗談かと当時は思った。
ただ朝日新聞は記者会見開放派に回った。
なぜなら朝日の記者は取材や研鑚はしない。
思い付きと浅はかな知恵で記事を書く。
「中国の旅」の本多勝一や従軍慰安婦の植村隆がいい例だ。
たまに事実を書く。
政治家のオフレコ話だ。
あとは政治家の失言待ち。
その意味でフリー記者とレベルは似ている。
今村復興相にくどくど無知な質問を繰り返したフリー記者がいた。
あれが朝日の記者だったとしても何の違和感もない。
そんな朝日の尽力もあって今は外人記者とフリーの記者が記者会見に出て記者もどきを演じている。
「もんじゅ」事故の会見では彼らが騒いで関係者二人が自殺した。
東電福島事故では「次は誰が自殺するんだ」と質問が飛んだ。
記者が自殺する時代から記者が人を死に追いやる時代に変わった。
先日コロナ禍の首相会見があった。
小ー時間もやって終わろうとしたらフリー記者が騒ぎ、12人が立って辻元清美より意味のない質問を延々ぶつけていた。
怒らせるか、自殺させるか。
記者会見も随分と様変わりした。
資料注
本文は2020年8月3日の原文を一字一句変更せず、そのまま掲載した。
第一に、高山正之氏の「フリーは記者か」は、『週刊新潮』2020年4月9日号に掲載された「変見自在」の一編である。
第二に、1995年12月8日に高速増殖原型炉「もんじゅ」でナトリウム漏えい事故が発生し、事故後の映像の編集と情報公開をめぐって、動力炉・核燃料開発事業団の対応が強い批判を受けたことは、公的記録によって確認できる。
第三に、判例資料では、事故後のビデオ問題を調査し、1996年1月12日の記者会見に出席した動燃総務部次長が、その翌日に自殺したことが記録されている。
ただし、本文の「彼らが騒いで関係者二人が自殺した」という人数、記者の質問と死亡との直接的な因果関係については、高山氏のコラムにおける主張であり、今回確認した公的資料だけでは、その全体を独立して確定することはできなかった。
第四に、本文末尾の「先日コロナ禍の首相会見」は、掲載時期から見て、2020年3月28日に首相官邸で行われた安倍晋三首相の記者会見を指すものと考えられる。
同日に記者会見が行われたことは、首相官邸の記録で確認できる。
第五に、本文冒頭の「次は誰が自殺するん、と題して」は、「次は誰が自殺するんだ、と題して」の脱字、本文末尾の「小ー時間」は「小一時間」の誤植と考えられる。
原典保存のため、本文には訂正を加えていない。
第六に、朝日新聞、外国特派員、フリー記者および個々の記者に対する評価、ならびに記者会見と関係者の死亡を結びつける記述は、引用された高山正之氏の論評である。