作品は、作者の手を離れた瞬間から生き始める――『文明のターンテーブル』と中国・インドの未来
昨夜、久し振りに、「文明のターンテーブル」を読んで、私は驚愕した。
どんな芸術であれ、作品は、作家の手を離れた瞬間から一個の生きものと成るのは言うまでも無い事。
その作品が凄ければ凄いほど、当の作者すら感嘆させる、…それが芸術なのだと、私は、確信してはいたのだが。
それにしても凄い、と私は唸ったのである。
購読者の方々、今日、購読を決めてくれる貴方に、その私の思いを分かりやすく、お伝えしたいと思う。
先週からニューズウィークは中国について厳しい特集を組みだしていたのだが、愈々、今週号は、表紙の全てで…息切れ中国経済の行方の冒頭見出し、
大見出しは 中国経済 成長の終焉
最後の小見出しが…成長を牽引して来た「中国モデル」はもはや限界
低成長時代に突入する矛盾国家の未来
一方、昨日の日経新聞は一面冒頭の紙面紹介で「インド急失速」…格差拡大、政治も混乱と。
購読頂いた方々、今日、購読を決定してくれる貴方、いまだ購読を考えていなかった貴方に、本章・冒頭の拙著で、2010年・11月に、私が書いた〈来日した胡錦濤〉の章を、今すぐに再読、初読されるべし。
同時に、2010年9月に私が書いた、〈中国の50年、インドの100年〉、の項も必読されるべし。
それだけでも貴方は、私の凄さを識(し)るはずだから。

2012/6/17、三室戸寺にて。