酒井順子『紫式部の欲望』――『源氏物語』から読み解く紫式部の欲望、水原紫苑の書評から
2011-6-5
紫式部の欲望 酒井順子著 今朝の日経から。(集英社・1300円)
▼さかい・じゅんこ 66年生士れ。立教大卒。エッセイスト。著書に『負け犬の遠吠え』など。
物語から想像した現代的視点
源氏物語を語る本は数限りないが、紫式部の〈欲望〉という、ぎらりとした現代的な視点を見出したのが、さすが著者の鋭敏な感覚である。
各章は、物語から想像される紫式部の〈欲望〉が並んでいるが、私には、まず最初の「連れ去られたい」が衝撃的だった。
漢文学に精通した才女で、今や世界文学である源氏物語の作者紫式部が、素敵な男性に「お姫様抱っこ」をされて連れ去られたいと〈欲望〉していたのか?
かりそめにも紫式部を連れ去ってくれる男性がいたとしたら、それは最高権力者であり、主人でもあった藤原道長くらいであろうが、さすがの道長も、式部の知性と情念の重さでは、「お姫様抱っこ」には至らなかったのではないか?
だからこそ、紫式部は、源氏に連れ去られてはかない死を迎える夕顔の美しさや、同じく連れ去られて妻として添い遂げたものの、この上ない苦悩に包まれて死ぬ紫上の悲しみを、羨望と嫉妬をこめて書き上げることができたのかも知れない。
「ブスを笑いたい」も、はっとするが、紫式部の無意識の残酷な〈欲望〉だったか?
零落した宮家の姫君で、高貴な魂を持ちながら、異様な容姿と浮世離れした対応から、笑いの対象になる末摘花は、源氏物語随一のアンチ・ヒロインとも言えよう。
著者が指摘するように、この偉大なアンチ・ヒロインの存在によって、他の美しい女君たちがヒロインとして輝くのである。
紫式部は美しかったか?
いわゆる十人並み、ほどほどの器量ではなかったか、と想像するのだが。
絶世の美女でも、醜女でも、一度読んだら忘れがたい末摘花の造型は叶わなかっただろう。
この女君には、古代の女神の趣さえあるのだ。
他に、常に弟の源氏に敗れ去る朱雀院への同情や、敵役とされる朱雀院の母、弘徽殿への共感などが、生き生きとした現代の読みとして面白かった。
〈欲望〉ですって?そんな下々の心はございませんわ-。
紫式部は、にこりともせず、こう言うかも知れないが。
評者:歌人水原紫苑