人間は、なぜ宗教をもつのか――進化論・認知科学から宗教のルーツを問う、佐倉統氏の書評
2011-6-5
広汎な知識からルーツに迫る
人間は、なぜ宗教をもつのかー著名な科学ジャーナリストが、進化論や認知科学、歴史学、宗教社会学など、広範な知識を駆使してそのルーツに迫る、野心的な試みである。
著者の意見は明確だ。
宗教は社会の結束を高めるから人類にとって有益だったのであり、進化の過程で残ってきたものである。
人類は宗教なしでは生きていけないし、社会的なつながりを維持するという宗教の根本的な機能は今でも変わっていない。
宗教は必要な存在なのだ、と。
力作であることは間違いない。
しかし著者は、宗教はに人類にとって良いものだという結論が先にあって、この本を執筆したように思われる。
英語圏ではとくに9・11以後、進化学や認知科学にもとづく宗教批判が盛んに行われている。
本書は、「新・無神諭」とも呼ばれるそれらの動きに対する反論なのである。
ぼくは無神論者で無宗教者なので、そのような立場からすると、著者の「結論先にありき」の論旨には、違和感を覚える。
扱われている宗教はユダヤ教、キリスト教、イスラム教ばかりで、仏教もヒンドゥー教もほとんど登場しないし、進化生物学に対する理解もところどころ不正確だ。
たとえば、宗教が世界中どの文化圏にも見られることから、人類に適応的な性質であると推測しているが、普遍的であっても(たとえば、哺乳類のオスの乳首のように)何かの副産物ということもありうるのだが。
一方で、信仰を持っている方にすれば、腑に落ちる議論もたくさん書かれているのだと思う。
読者は本書を、宗教研究のより広い展望の中に位置づけながら読んでいただきたい。
パスカル・ボイヤー 『神はなぜいるのか』(NTT出版)や橋爪大三郎・大淵真幸『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)などを合わせて読むのも良いかもしれない。
日本の学界も言論界も、宗教をめぐる英語圏の動向とほとんど連助していない。
アメリカが特異なのか、日本が無頓着すぎるのか。
本書は、読み方さえ気をつければ、その意味を考える格好の手がかりを与えてくれる。
翻訳は正確で読みやすい。
評者:佐倉 統 東大教授