日本人とユダヤ人を結んだ恩義の歴史――マービン・トケイヤーが記したジェイコブ・シフ、昭和天皇、トランペルドール
2017-6-30
先日発売された月刊誌WiLL8月号(840円)は、日本国民全員が今すぐに最寄りの書店に向かって購読すべき論文が満載されている。
世界中の人たちにとっても同様なのだが、彼等には、私が伝える。
以下の論文には、私には、多くの初めて知る事実があったが、世界の人たちにとっては、殆ど全部が初めて知る事実だろう。
朝日新聞などの幼稚で悪質な捏造記事などの正反対にある、この本物の論文を読んだ私は、何故か、落涙を禁じえなかった。
私を含めた日本人の殆ど大半が初めて知る(朝日新聞の購読者などは特に全く初見の人である)、ユダヤ教ラビ、マービン・トケイヤーさんの三段組み9ページに渡る論文からである。
日本人とユダヤ人の絆
マービン・トケイヤー ユダヤ教ラビ
訳/高山三平
私は、このマービン・トケイヤ―氏の、本物の中の本物の論文を読んでいて、何度も落涙を禁じえなかった。
彼が教えてくれたジェイコブ・シフをウィキペディアから引用した前章で、黒字強調した部分を、私は滂沱の涙を流しながら読んでいたのである。
同時に、昭和天皇の偉さを思った。
日本国と日本国民が、ジェイコブ・シフから受けた多大な恩、国として国民として、歴史として受けた、決定的で、これ以上ないほどに重大な恩を、天皇は終生忘れなかったのである。
この天皇の姿を朝日新聞などはどれほど貶めて来た事だろうか。
挙句には朝日新聞の松井やよりやNHKの池田恵理子などは「女性国際戦犯法廷」などと言う噴飯物のイベントを開催して、昭和天皇に有罪判決を下すほどの、悪辣と低能の限りを尽くした事は、彼らの悪と愚かしさの象徴なのである。
同時に、朝日新聞社とこれに同調して来た連中が、中国や韓国の人間達と同様の「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の人間達である事、最も卑しく悪質で悪辣な人間たちである事をも、完璧に再認識した。
中国との戦争を継続させ、米国との戦争に向かわせた張本人でありながら、
戦争の世紀に生まれても、日本人の魂を失わず、国のために戦い、多くの者が死をも厭わなかったのに、のうのうと生き延びた彼らは、兵士たちを、つまり、私たちの父や親せき一同を、郷里の者たちの全てを悪者に仕立て上げ、日本と日本国民を貶めるために、捏造記事を連発して、国際社会に、日本と日本軍の名誉と信用を地に落として来たのである。
こんな人間達を、どうして許すことができようか。
以下は前章の続きである。
ポグロム
そのなかの一人が、ルイス・アルメイダだった。
「アルメイダは1557年に日本で初めて西洋医学病院を開いたが、ポルトガル系ユダヤ人だった。現在でも大分県にその名前を冠した病院が、存在している」
西洋諸国がアジアへ進出するのとともに、多くのユダヤ人が日本を訪れた。
もっとも、当時はキリスト教徒によって残酷なユダヤ人迫害が、全世界にわたって行われていたから、これらのユダヤ人は全員がキリスト教に改宗したことを装っていた。
「東京大学で教鞭をとった日本で最初の歴史学者は、ドイツ系ユダヤ人のルイス・リーゼだった。イスラエル国歌を作詞したナフタリ・インバーは明治天皇を敬って、多くの詞と曲を捧げた」
このような例はいくらもあるが、私はアルベルト・モッセをあげた。
モッセはユダヤ系ドイツ人で、明治憲法の起草を助けたことで知られ、日本に招かれて内閣顧問となった。
「モッセはモーゼを意味する。1940年にモッセー族が、ベルリンの日本大使館によって保護され、ナチスの強制収容所へ送られるのを免れた」と、注釈を加えた。
私はジェイコブ・シフ、ヨセフ・トランペンドールなど多くのユダヤ人の業績や、挿話に触れた。
シフは日露戦争において、大きな役割を果たした。
日露戦争前夜に日本の国家予算はロシアの10分の1、外貨保有額もほぼ同じことだった。
誰も世界に対して開国してから、まだ30年しかたっていない小国の日本が、ロシアに勝つとは思わなかった。
シフは、ニューヨークのターン・ローブ投資銀行を経営していたが、世界中のユダヤ人に呼びかけて、日本が日露戦争の戦費を賄うために発行した国債の半分以上を、ユダヤ人が引き受けた。
シフは戦後日本に招かれ、明治天皇から陪食を賜り、最高勲章を贈られた。
シフが日本を助けたのには、大きな理由があった。
ロシア語で「ポグロム」というが、今日でもユダヤ人だったら、誰でも知っている恐ろしい言葉だ。
ユダヤ人村を襲って焼き、虐殺する迫害が行われていた。
世界のユダヤ人が、ロシアと戦う日本を援助したのだった。
以下は前章の続きである。
見出し以外の文中強調は私。
昭和天皇のお言葉
私は一九六〇年代に、当時のモシェ・バルトゥール駐日大使から、東京に着任して昭和天皇に信任状を捧呈した時に、陛下から「日本民族はユダヤ民族に対して感謝の念を忘れていません。かつてわが国は、ジェイコブ・シフ氏に大変お世話になりました。われわれはこの恩を決して忘れることはないでしょう」という、お言葉をいただいたことを聞いた。
私はこの話を、親しい評論家の加瀬英明氏にしたところ、入江相政侍従長から「昭和天皇は歴代のイスラエル大使が信任状を捧呈するたびに、『われわれはユダヤ民族から受けた恩を忘れない』とおっしゃった」と聞いたと、教えられた。
トランペルドールはロシアのユダヤ人だったが、日露戦争の旅順攻防戦で左腕を失いながら戦功を立て、最高勲章の聖ジョージ勲章をもらった。
旅順要塞が陥落すると、日本に連れてこられたロシア兵捕虜のなかに、ユダヤ人が五百人あまりいた。
トランペルドールは大阪府浜寺の収容所でユダヤ人捕虜を組織して、日本人の愛国心と尚武の心を学び、新しくパレスチナに生まれるべきユダヤ人国家は、日本を手本にすべきだと説いた。
ロシアに帰帰った後、パレスチナと呼ばれたイスラエルに行き、イスラエル建国運動のリーダーの一人になった。
イスラエル独立戦争中に戦死したが、息を引き取る前に「国のために死ぬほど光栄なことはない」といったが、浜寺で日本兵から教えられたのだった。
トランペルドールは、イスラエル建国の英雄として教科書に必ず載っているが、日本の魂をイスラエル建国の原動力とした。
私はイスラエルでトランペルドール博物館を訪れたが、「新生ユダヤ国家は日本のような国とすべきだ」という、トランペルドールの筆跡が展示されている。
私は講話のなかで、1938年にハルビン特務機関長の樋口季一郎小将が、上司の車條英機関東軍参謀長の裁可を得て、ソ満国境まで逃れできた2万人のユダヤ人難民を、ナチスの魔手から救出した事実に触れた。
杉原千畝領事代理がリトアニアで数千人のユダヤ人に、ビザを発給して救った、2年前のことだ。