世界はついに日本人にふさわしい顔を見つけた――安倍晋三と世界が抱いてきた日本人像
以下は、高山正之の最新刊『変見自在 安倍晋三を葬ったのは誰か』からである。
本書は、週刊新潮の高名な連載コラムを書籍化したシリーズの最新刊だが、原文には更に磨きがかけられ、より一層読みやすくなっている。
この一冊だけでも、彼はノーベル文学賞に値する。
日本国民のみならず、世界中の人たちが必読。
世界はついに日本人にふさわしい顔を見つけた
日航機が御巣鷹山に墜落したとき、私はテヘラン行きの飛行機の中にいた。
まだイラン・イラク戦争の真っ最中で、私は戦争特派員として赴任するところだった。
着任すると、まずバザールに出かけた。
鍋や釜やシャンプーを買いに行ったのだが、その臭さには驚いた。
まず香辛料の匂いがすさまじい。
食べ物も衣服も何もかも、サフランやクローブの匂いがする。
イラン人の体臭も強い。
きれい好きだという私の助手も、風呂に入るのは二週間に一度というから、三日目の靴下のような臭いが体から漂っていた。
それに火薬の煙の臭いもある。
毎晩、イラク軍機が飛来して爆弾を落としていく。
昨夜は、この近くに250キロ爆弾が落ちた。
そんな臭いにうんざりしていると、店の主人が「ショマー、チーニー、コリエ?」と聞いてきた。
「お前は中国人か、韓国人か」という意味だ。
私は「ナー、ジャポネ」と答えた。
日本人だと言った。
すると周囲の人々が驚いたように私を見た。
その驚きと尊敬の入り混じった視線の理由を、助手が教えてくれた。
話はパーレビ国王がまだ皇太子だった時代に遡る。
エジプトのファウズィーヤ王女との結婚を祝うため、日本の飛行機がイランまで飛んできたことがあった。
当時、イランは英国とソ連に脅かされ、実際、その翌年には国土を分割占領されることになる。
そこへ日本の飛行機がやってきた。
日本はかつてソ連、ロシアを打ち負かし、白人勢力に屈することなく頑張っている国だった。
国王はその日本機に祝賀飛行への参加を求め、その雄姿は多くの人々の記憶に残った。
やがて戦争が始まった。
その日本機と同型の九六式陸上攻撃機が、英国戦艦プリンス・オブ・ウェールズを撃沈した。
イランの人々は、祝賀飛行に参加した日本機の姿を再び思い出した。
戦後、パーレビ国王は工業化の指針として「アジアの西の日本」を掲げた。
「日本」という言葉には、そうした昔の話が重なっていたのだろうが、目の前にいる小柄で髭の薄いアジア人の男の姿とは、どうも結びつかなかったらしい。
似たようなことは、シリアの郊外にあるチャイハネに行ったときにもあった。
私が日本人だと言うと、彼らは顎を突き出し、舌を鳴らした。
明白な否定の身振りで、「お前は日本人ではない」と言う。
彼らの共通認識では、日本はアメリカ大陸の近くにある工業国で、「大きな白人」のイメージと結びついていた。
そうした印象の根は日露戦争の時代まで遡る。
中東研究家でチャーチルの信頼厚い顧問でもあったガートルード・ベルは、『シリア縦断紀行』の中で、「夜になると、荷駄を守っているベドウィンの若者たちが集まり、今まさに戦われている日露戦争について熱心に語り合っていた」と書いている。
メッカ巡礼者が行き交うイスラム世界では、情報は想像以上に速く伝わっていた。
ベル女史がその若者たちの輪に入り、日露戦争直前の1903年を含めて二度、日本を訪れたことがあると話すと、彼らは日本について次々に質問してきた。
彼女は、「彼らは私がどんな姿をしているか想像もつかなかったようだが、日本人とは賢く、強く、正義感の強い人々なのだという像を、自分たちの中で作り上げていたようだ」と書いている。
英領ビルマ時代、ラングーン大学名誉教授のタン・タットは日露戦争の記録映画を見て、「日本人は大きな巨人のように見えた」と語った。
だからこそ、先の大戦でビルマに入ってきた日本兵が小柄だったことに驚いたという。
日本はロシアを打ち破った。
鋼鉄の軍艦を焼く火薬を作り、世界最強の戦闘機を生み出した。
強いだけでなく、人種平等を唱え、人類を苦しめていた疫病も克服した。
集積回路、小型ディーゼル、クオーツを生み出し、世界を豊かにした。
日本人はいつも大きなことを成し遂げてきた。
不思議なことに、その日本人がどんな顔をしているのかは、ほとんど知られていなかった。
安倍元首相が倒れたとき、彼の顔がアバダンの建物の壁に掲げられた。
『TIME』誌も同じ顔を表紙に掲げ、タリバンもその顔を見て弔意を表した。
世界はついに、世界を牽引してきた日本人にふさわしい顔を見つけた。
(2022年8月25日号)
