2012-07-05 十四年の時を越えて――京都府立植物園の薔薇、メンデルスゾーン、そして吉村佳莉凪という若き才能
2012-07-05、京都府立植物園で撮影した真夏へ咲き続ける薔薇の写真集。
2026-08-09、関西フィルで聴いた19歳の吉村佳莉凪によるメンデルスゾーンの感動、二列目中央の席、演奏後に偶然出会ったご家族とのエピソードを、アンネ=ゾフィー・ムターの演奏とともに綴る。
2012年7月5日に撮影した京都府立植物園の薔薇の写真集を、十四年後の今、改めて一つの作品として残す。
この写真集には、現在から振り返れば、もう一つの重要な意味がある。
京都がすでに真夏へ向かう7月5日でありながら、当時の京都府立植物園では、実に多くの品種の薔薇がなお見事に咲き続けていたのである。
そして2026年8月9日、私は関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で、19歳の吉村佳莉凪さんが奏でるメンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲》を聴いた。
二列目中央という最高の席で出会った、その美しい音。
演奏直後、偶然出会ったご家族。
十四年前の薔薇と、昨日出会った若い才能が、メンデルスゾーンによって一つにつながった。
以下、その記録である。
2012年7月5日、京都府立植物園。
今、この日の写真を見返していて、改めて驚くことがある。
7月5日。
京都は、すでに真夏へ向かっている季節である。
それなのに、この日の京都府立植物園には、実に多くの品種の薔薇が、まだ見事に咲き誇っていた。
それは、私自身の当時の記憶とも、ぴたりと重なっている。
今、私が京都府立植物園を訪れていて感じるのは、薔薇の最盛期を過ぎれば、この2012年7月5日の写真に残っているほど多くの品種の薔薇が、一斉に見事な花を咲かせている光景には、なかなか出会わないということである。
その意味でも、この写真集は、単に美しい薔薇を写したものではない。
2012年7月5日という日に、京都府立植物園の薔薇園が実際に見せていた姿を残した、貴重な記録でもある。
そして何よりも、写真そのものが本当に素晴らしい。
真夏へ向かう光の中に咲く薔薇。
深い緑を背景に鮮やかに浮かび上がる薔薇。
一輪だけを見つめても美しく、幾つもの花が重なれば、そこにはまた別の世界が生まれる。
2012年、私は京都府立植物園へ繰り返し足を運び、膨大な数の写真を撮った。
今、それらを一つひとつ写真集として見直していると、あの2012年という一年に撮った写真が、どれほど豊かなものであったかを改めて思う。
そして昨日、私は関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で、吉村佳莉凪さんが奏でるメンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64》を聴いた。
私の席は、二列目の真ん中だった。
吉村佳莉凪さんのヴァイオリンを聴くには、まさに最高の席だった。
その距離だからこそ、弓が弦に触れた瞬間に生まれる音、その響きが空間へ広がってゆく様子、そしてその音がオーケストラの響きの中へ自然に溶け込んでゆく美しさまで、鮮明に伝わってきた。
本当に素晴らしい演奏だった。
19歳。
東京藝術大学一年生。
しかし、私が強く心を動かされたのは、彼女の若さや技巧だけではなかった。
まず、その音そのものが美しかった。
そして、その美しい音が決して一人だけで突出することなく、オーケストラと呼吸し、対話し、見事に調和していた。
私には、彼女の人間性とでもいうもの、心の美しさまでもが、その響きのすべてに表れているように感じられた。
ヴァイオリンを弾いているのではない。
音楽そのものを、心から語っている。
そんな演奏だった。
そして、この日には、もう一つ忘れられない出来事があった。
吉村佳莉凪さんの演奏が終わり、休憩に入ったときのことである。
私は二列目中央の席を立ち、すぐそばの通路へ出た。
そこで、年配の女性と子供たちが、記念に写真を撮ろうと話していた。
私は何気なく、その子供たちの顔を見た。
その瞬間、一人の女の子の顔が、吉村佳莉凪さんに驚くほどよく似ていることに気づいた。
「あっ、これは佳莉凪さんのご家族だ。」
私は即座にそう思った。
そこで確かめてみると、まさにその通りだった。
佳莉凪さんによく似ていたのは妹さんだった。
つい先ほどまで、私は二列目の真ん中という最高の場所で、彼女のメンデルスゾーンを聴いていた。
その音の美しさ。
オーケストラとの見事な調和。
そして、その音の向こうにまで感じられた、彼女自身の心の美しさ。
その感動がまだそのまま胸の中に残っている時に、私は偶然、ご家族と出会ったのである。
当然ながら、私は黙ってはいられなかった。
佳莉凪さんの演奏がどれほど素晴らしかったか。
彼女の音がどれほど美しかったか。
そして、彼女が本当に素晴らしい才能を持ったヴァイオリニストであることに、私は間違いがないと思ったこと。
私は、ご家族を前に、かなりの熱弁をふるったのでございました。
演奏会の感想を述べていたというよりも、たった今、自分が目の前で出会った若い才能への驚きと感動を、そのままお伝えしていたのだと思う。
何とも幸福な偶然だった。
素晴らしい演奏を聴き、その直後に、その感動をご家族に直接伝えることができた。
だから昨日の演奏会は、私にとって、単にメンデルスゾーンを聴いたというだけの一日ではなくなった。
私は、しみじみと思った。
また一人、日本に素晴らしい若いヴァイオリニストが現れた。
19歳の若さで、これほど美しい音を奏でる女性ヴァイオリニストがいる。
そして日本には、ほかにも素晴らしい若い才能が次々と育っている。
日本は素晴らしい。
私は昨日、心からそう思った。
そして今日、この2012年7月5日の京都府立植物園の薔薇の写真集に重ねる音楽も、メンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲》である。
演奏は、アンネ=ゾフィー・ムター。
約30分のメンデルスゾーン。
昨日、吉村佳莉凪さんの演奏によって、私の中に改めて深く刻み込まれたこの音楽を、今日は2012年の薔薇たちとともに聴く。
メンデルスゾーンのヴァイオリンは、歌う。
時に優しく。
時に情熱的に。
そして最後には、光の中へ駆け上がってゆく。
その音楽は、この日の薔薇たちによく似合う。
一輪一輪が、それぞれの色を持って咲いている。
それぞれが美しい。
それでいて、薔薇園全体を見れば、それらは互いを損なうことなく、一つの大きな美しさをつくり上げている。
昨日、私が吉村佳莉凪さんの演奏に感じた、ソリストとオーケストラとの美しい調和にも、どこか通じるものがある。
2012年7月5日。
京都府立植物園。
真夏へ向かう光の中で、なお見事に咲き続けていた、多品種の薔薇たち。
十四年後の今だからこそ、その光景の貴重さが、いっそうよく分かる。
写真は、時を越える。
その日にしか存在しなかった光を残し、その日にしか咲いていなかった花を、十四年後の私たちの前に、もう一度咲かせてくれる。
2012年の京都府立植物園の薔薇。
アンネ=ゾフィー・ムターが奏でるメンデルスゾーン。
そして昨日、二列目中央という最高の席で聴いた、19歳の吉村佳莉凪さんの美しいヴァイオリン。
その直後に偶然出会ったご家族と、妹さん。
そして、感動したまま、その素晴らしい才能について熱弁をふるった私。
十四年前の薔薇と、昨日出会った若い才能。
過去と現在が、メンデルスゾーンによって一つにつながった。
美しいものは、時を越える。
写真も。
音楽も。
そして、本物の才能も。